広告代理店男と付き合って1ヶ月の27歳女。彼から1週間に1回しかLINEが来ないって、ヤバイ?

一流大学を出て、大企業で働いたり、専門職に就いたりするキャリアウーマンたち。

一見華やかに見える高学歴バリキャリ女子だけど、心の中では「仕事も恋も正直しんどい!」と叫んでいる。

それでも、幸せを諦めない彼女たちの体当たり婚活戦記が、幕を開ける!

▶前回:「すっごく楽しい…」初デートで29歳女が、2軒目で連れて行かれた意外な場所とは

東京外国語大卒女子/橘 くるみの場合(27歳)【前編】



私は30分前に、亜久津 蓮と付き合うことになった。

大手広告代理店勤務の彼にふさわしい、赤坂にある高層階のバーで。

バーは2フロアが吹き抜けとなっていて、外国人の客で賑わっている。日本人は私と、目の前にいる彼くらいだ。

慣れた様子でソファに座る彼に、私は言った。

「ここ、外国人が好きそうなお店だわ。彼らは極寒でも開放的なテラス席を選ぶから…」

「前世で箱に詰められてでもいたんじゃないの」

「ノアの方舟」と言いかけて、口をつぐむ。先ほど彼から「留学してた女って、すぐ知識をひけらかすから嫌なんだよね」と聞いたばかりだ。

「食事会で知り合った時から、くるみのことが気になってたんだ」

「そんなこと言って、他の女の子ともデートしてるんじゃないの?」

彼は返事の代わりに、唇を合わせてきた。触れるだけのやさしいキスから、呼吸を奪うような激しいキスへ。

角度を変えていくうちに、どんどん体から力が抜けていく。

彼はキスがうまいだけでなく、すごくかっこいい。ファッションモデルのように華やかだ。そんな彼から知り合って2ヶ月、しかも3回目のデートで告白してもらえるなんて、ラッキーだ。

でも、心の中では「本当に蓮と付き合っていいのか」と迷っていた。

― 嫌な予感はだいたい当たるから、余計に心配だわ。



私の手を握っている蓮の手は、温かい。

その手の温もりを感じながら、「手が温かい人は心が冷たい」と聞いたことをぼんやりと思い出す。そして彼のネクタイを見つめた。

― 赤いネクタイって、どこか危険で血の色を連想させるのよね…。

彼の闇のように深くて暗い目が、ネクタイを見て、こちらを向く。

「これ?中国だと縁起物なんだって。クライアントからもらったんだ。今日はくるみと会うから、ゲン担ぎでね」

海外出張の多い彼らしいエピソードだ。

「くるみなら、仕事で英語を使うことも多いんじゃない?総合商社で働いてるし。確かTOEIC満点だったよね」

私は「また英語の話題か…」と半ばあきれながら答える。

「ええ。でも保険の部署だから、ドメスティックな案件ばかりよ。海外出張も少ない……」

「俺はクールジャパンが始まってから、海外出張ばっかりだな。経産省から予算も出るし」

「それはそれは、よかったわね」

皮肉たっぷりに言うが、彼には通用しないらしい。

彼はウイスキーソーダを飲み干し、腕時計を見て、上機嫌に言った。

「今日は、付き合うことになった記念日だね」

フロアに流れるクラブミュージックが大きくなった。視線を壁に移し、私は目を見開いた。

壁にはプロジェクションマッピングによって、大きな花が咲き誇っていた。色とりどりの見事な花が次々と現れて、店のあちこちで歓声が上がる。

― タイミングは完璧ね、いかにも「東京で遊びなれている男」って感じだわ。

うんざりしていた顔を、作り直すために私は席を立つ。

「ちょっとお手洗い行ってくるね」

メイク直しをしながら、自分に言い聞かせる。

蓮との未来は見通しが明るい。東京の実家は裕福だし、海外案件が多い会社だから、駐妻になれる可能性もある。

そうしたら、私をひとりで育ててくれていた父親を、ずっと行きたがっていた海外に連れ出すことだってできるかもしれない。

― 蓮は口は悪いけど、やっぱり私、彼と付き合うべきなのよね…。

蓮からもらった名刺を、スマホのカバーに入れる。お守りのようなものだ。

決意を新たに、私はお手洗いを出て席に戻る。

蓮はすでにお会計を終えたらしく、ウェイターからカードを返されていた。

― あれは、アメックスのブラックカード。戦車も買えるって聞いたことあるわ。

「亜久津さん、今日はありがとう」

「蓮でいいよ。一応、彼女だろ。エレベーターはこっちだよ」

そのエレベーターに乗った時、私は確かに帰るつもりでいた。

彼が「35階」というボタンを押した時、そこから別のエレベーターに乗るのかな?なんてのん気に考えていた。

だから、彼がエレベーターを降りて、向かった場所を見た瞬間私は足がすくんでしまった。

「え、ホテルに泊まるの?」

― さっき付き合うことになって、私の意思も確認せずにもうお泊まりするつもり?

部屋に入ろうとしない私に彼は首をかしげて「どうしたの?」という。

「どうして私に確認もせずに…」

「くるみは、こういうラグジュアリーホテルが好きだろ?」

「女性がお手洗いに行っているあいだに、お会計もホテルのチェックインも済ませるなんて…」

「色々考えすぎなんだよ。くるみはただ俺の側にいればいい」

彼は私の手を引いて、客室に招き入れると素早くキスをした。

「い、いきなり何?」

「恋愛論で『部屋に招き入れたら、早い段階でキスをしろ』っていうのがあるんだ」

「怖いわ。『次はバラバラに解体しましょう』とか書いてあるんじゃない?」

私の視線は、彼の赤いネクタイに注がれていた。

「そういうのは東京っぽくないね。田舎者がやることだ。海外にかぶれて、変なもの見すぎたんだろ」

彼は私の手を引いて、中に招き入れた。

― 帰るなら、まだ間に合うわ…。

でも、目に飛び込んできた景色を見て、私の決意は揺らいだ。



目の前には、田舎に住んでいたころに憧れていた「キラキラした東京の夜」が広がっていた。

「きれい…。こんな素敵なところがあるなんて知らなかった」

「地方の高校生が東京に出ようと勉強してる間に、俺たちは遊んでいたからね」

愛知県で生まれ育ち、「国立なら県外の学校に行かせてやる」と言われて、頑張って東京外語大に入った。言語文化学部の英語専攻。

― 在学中に留学して将来は海外で働くのもいいなって思ってた。

大学時代はバイトで奨学金を返して、留学資金をためていた…。

彼は私のほっぺを両手ではさんだ。強制的に見つめ合うことになる。

「まあ、外大に行くくらい勉強してたわけだしね。普通、英語にそんなに興味なんてわかないでしょ」

「英語を必死に学んだのは、コンプレックスがあったからよ」

私の言葉は、彼の興味を引かないらしい。出張にも通訳をつけていると聞いた。

それより彼の注意は、私のブラウスのボタンを外すことに向けられていた。

あの夜に彼と体を重ねてから、1ヶ月が過ぎた。

毎日来ていた連絡は2日に一度になり、1週間に一度になっていった。

― また既読スルーかぁ…。

土曜の夕暮れ、私はひとり暮らしをしている部屋で悲しみの海に沈んでいた。ベッドに寝転がって、ひたすら天井を見つめる。大声で泣こうとしたけど、できなかった。

私は物心ついてから、泣いたことが一度もなかった。

中学生の頃に母親が亡くなった時も、泣かなかった。

大学生の頃に父親の借金が発覚して、アルバイトで貯めていた留学資金を返済に充てた時も、泣かなかった。本当は1年行くはずだった留学は、1ヶ月になった。

― でも、本当にそれでよかったの?「悲しいよ」「嫌だよ」って言うべきだった?

蓮に「会いたいよ」と送るべきか…。スマホを手に取ると、インターホンの音が響く。

「くるみ、いる?」

その声は、大学時代のクラスメイトの芽衣だ。大学の同級生とのつながりは深く、こうして社会に出てからも近所に住んだりしている。

私がドアを開けると、彼女は驚いた顔をした。

「借りてた本を返しに来たんだけど…。くるみ、大丈夫?顔、死んでるよ」

「卒業してから、元気があったことなんてない。外大って平和だったわ…。少しあがってく?」

キッチンでお茶を入れる私の横に来て彼女は言った。

「くるみ、どうしたの。最近できた広告代理店の彼氏?」

「そうなんだけど。結局私のコンプレックスが原因なんだよね。

私はひとり親育ちでそこまで裕福じゃなかったし。外大に行ったのは、海外で働きたいって思っていたからだけど、大企業とはいえ、そんなに給与が高くない会社で働いている」

「で、東京育ちの広告代理店くんでコンプックスを埋めているってわけね」

「図星…」

その時、スマホが通知音を立てた。

蓮からで、デートをドタキャンするという連絡だった…。

いつのまにか、横にいる芽衣も画面をのぞきこんでいる。

「は?くるみ、何これ?」

「はは…。デートもなくなったし。芽衣、今夜時間あったら映画でも観に行かない?」

「映画じゃなくて、他に見るものがあるでしょ。現実を見な。他に女がいるんじゃない?」



芽衣は私にぐっと顔を近づけて、続ける。

「前から話を聞いて、怪しいと思ってたんだよ。GPSのアプリ、あるの知ってる?相手のスマホにインストールすれば、位置情報を共有してもらえるやつ」

「知ってるわよ。前にデートした時、こっそり彼のスマホにいれたから」

「じゃあ、なんで見ないの」

「見ると、認めることになりそうで、怖くて…って、ちょっと!」

芽衣は私の手から、スマホをひったくった。取り返そうと手を伸ばすが、彼女はベッドにうつぶせになり、スマホを操作している。

「芽衣、返して!」

「だめ。とにかく、彼が今どこにいるか見なきゃ」

彼女は体の向きを変えて、慣れた手つきで、その位置情報アプリを起動した。

― 付き合って日も浅いし、浮気されてないはず。でも、家にはいない気がする…。

しかし、GPSが指す場所を見て、私は目を疑った。

「え、うそ。ここって…」

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