贈与完了のタイミングで、息子がまさかの…

10年ほどの時間をかけて、料亭の立つ土地の贈与が完了したそのとき、まさかの事態が訪れます。Aさんの息子Bさんが交通事故により突然他界してしまったのです。

Bさんに事業を任せて社長を交代して経営も軌道に乗り始めていたタイミングでの出来事に、会長に退いていたAさんも慌てます。すでに70歳の後半に差し掛かっていたAさんですが、やむをえず社長として現場に復帰せざるをえませんでした。最愛の息子を失った悲しみを抱えながらも、仕事を1つひとつなんとか落ち着かせていったAさん。しかし、Bさんの相続手続きを経て、どうにもできない事態と向き合うことに。

急逝したBさんには妻のCさんと小学生の子供が1人おり、この2人がBさんの相続人でした。Bさん所有の料亭の存する土地はBさんの妻Cさんが相続をしていました。CさんはBさんと結婚してから仕事を退職、主婦として過ごしており、Aさんの料亭の事業に関わったことはなく、今後も関わる気持ちはありません。

幼い子を残して急逝してしまったBさん、Cさんは子どもの将来を守るべく再び仕事を始めており、AさんとCさんとの関係は希薄なものとなっていました。四十九日が経ったころ、AさんのもとにCさんから連絡が入ります。

Cさんは遠慮げに口を開きます「お義父さん、とても言いにくいのですが……。いただいている家賃が少ないと思います。不動産業者さんにも相談したのですが、この土地には価値があるという助言を受けました。これから子供を育てていくのに不安もあります。土地を売却しようと思っているんです」。

料亭の経営を再び安定させたいAさんとしては、Cさんの意向に一定の落としどころを見出さないと経営に集中もできません。家賃を増額することも検討したのですが、その先またややこしいことを言い出すのではないかという不安もよぎります。

社業を守ることを優先したいAさんはCさんに「どの程度の金額での売却を希望しているんだい?」と尋ねると、4,500万円という金額がCさんの口から出てきました。Aさんは思わず言葉を失います。とてもではありませんが、受け入れがたい金額です。引越しなども検討したのですが、永年培ってきたお得意さんとの関係や、その地への愛着も簡単に手放せるものではありません。

もともと自分の土地であったものを買い戻すことに、当然腹立たしい思いもありましたが、AさんはCさんの要求の大半を受け入れる形で土地を買い戻します。その後、AさんとCさんの関係は言うまでもなくますます希薄なものとなっていきました。

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贈与の前にひと呼吸おいて…本当に生きているうちに渡して後悔しないか?

結果論にはなってしまうのですが、今回のケースは料亭の土地は普通に遺言書を書いてBさんに相続させることにしておくのが最もよかったケースでした。万が一Bさんが他界してしまっても、そのあとその土地をどうするかはAさんが改めて判断することができます。

もちろん結果論ですから、今回のような事態に備えて、買い取り資金の保険をかけておくなど一定の対策をうったうえで、生前贈与を実行するという手もあるといえばあります。しかし、新たなコストをかけたうえで相続税の節税を図るというのは良策とも思えません。

普通に相続して、普通に相続税を支払うというのが、全体を俯瞰したうえで最良の方法だった可能性が高いのです。生前贈与は相続税の節税のためには有効な方法の1つであることには間違いないのですが、すべての権利は受け取った側が有することになります。贈与する側の気持ちや意図はおよばないところに移ってしまうのです。

贈与自体は相続を円滑にするうえで有効な手段になりえるのですが、本当にその贈与が必要なものなのか、金銭的な損得だけを見た贈与でないかはじっくり検討する必要があるといえそうです。

森 拓哉

株式会社アイポス 繋ぐ相続サロン

代表取締役