「降りろバカヤロー」停車中に中国人男性2人に囲まれてパニック急発進した被告人が“実刑判決”となったワケ

 今年1月、東京都大田区内の幹線道路で交通トラブルになった男性をボンネット上に乗せて176メートル走行し転落させるなどした、殺人未遂と傷害の罪に問われた被告人A(28歳男性)の裁判員裁判の判決公判が10月29日、東京地裁(江口和伸裁判長)で開かれた。

 10月15日の初公判で、Aは事件当時、交通トラブルに発展していると気づかず、赤信号で停車中に中国人の男性2名から「降りろ」などと迫られたことで「ヤクザ」だと思い込み、「パニックになってしまって犯行に及んだ」などとして、誤想過剰防衛などを主張していた。

◆“車線変更”が事件のきっかけに

 検察側の冒頭陳述によると、事件の発端はAの車線変更をめぐる交通トラブルだという。現場は、交通量の多い3車線道路。Bさんの車が中央車線を走行していたところに、右車線を走行していたAの車が十分な車間距離を取らずに車線変更した。

 BさんがAの車を避けようと左にハンドルを切ったところ、路上で駐車していたCさんの車のドアミラーと接触。BさんはAの車を追跡し、CさんもBさんの車を追うように走行した。

 Bさんの車はAの車の前に入り込むなどしたが、Aは隙間を抜けてアクセルを踏んだ。その後、赤信号で止まったところで、Bさん、Cさんの車が後に続いて停車。BさんとCさんは車から降りて、Aがいる運転席側にまわり、降りてくるよう説得しながらドアノブを数回引いて窓を叩いた。

 しかし、Aが降りてくる様子がなかったことから、Cさんは中央分離帯に移動して110番通報。Bさんは、Aの車の前に立ちふさがったままだったという。

 青信号に変わり、AはBさんを避けながら発進しようと、左にハンドルを切った。だが、Bさんは瞬時に左側へ移動。そこで、Aは右にハンドルを切ったところ、突然制止しようと中央分離帯から飛び出してきたCさんに衝突。その後、Bさんにも衝突し、Bさんがボンネット上にうつ伏せの状態で身を乗り上げたまま、176メートルも走行したところで転落。この時、最大で時速約64kmものスピードだったという。そのまま、Aの車は走り去っていった。

◆被告人が「過剰な防衛をしたのか」も争点に…

 10月15日に開かれた初公判で、Aは起訴内容の一部を否認。弁護側も、Aは交通トラブルになっていたことに気づかず、Bさんらは事件当時「降りろ」など威迫してきたことから、被告人が「ヤクザ」などと勘違いし自身を防衛しようしたところ、誤って過剰な防衛行為をしてしまった「誤想過剰防衛」で減刑を求めた。

 また、Cさんへの衝突については「急に飛び出してきたため、回避は困難だった」として、無罪を主張した。

「ヤクザか半グレなのかなと。早くここから去りたいと思っていました」(被告人質問から)

 さらにAは、Cさんが道路中央の安全帯に立って携帯電話で電話している姿を見て、「仲間を呼んでいると思った」と振り返る。ただ、実際はBさんとCさんは赤の他人。Cさんは110番通報をしていただけなのだ。

 一方で、検察側は冒頭陳述で、Bさんらは「Aを威迫するほどの大声を発してはいない」と述べた。第2回公判ではBさんが証人として出廷したが、この際も「私は、日本語で『事故が起きましたので降りて下さい』と言いました」と証言。Cさんも「降りろ」などと命令する言葉を発していないと証言した。

 だがこれに反して、筆者は法廷内の大型モニターに映し出された、後続車のタクシーのドライブレコーダー映像から「降りろ、バカヤロー」という声を筆者はハッキリと耳にした。さらに、目撃者のEさんは証人尋問で、Bさんの当時の様子を「少し怒ったような口調だったと思います」と振り返っていた。

◆判決の結果は…

 そして10月29日、保釈中だったAは、収監を見越してか白い紙袋を2つ手に持ち、スーツ姿で法廷に現れた。手に持っていた白い紙袋は、荷物がパンパンに詰まっているようで重たそうだ。入廷時は覚悟を決めたのだろう、真剣な顔つき。

 6分遅れて、午後3時6分に開廷。Aは証言台前の椅子に背筋を伸ばして座っている。すぐさま、江口和伸裁判長は大きな声で判決の結論にあたる「主文」を言い渡した。

「主文 被告人を懲役5年に処する。未決勾留日数中80日をその刑に算入する」

 江口和伸裁判長は、「犯行態様は危険性が高く悪質なものというほかない」として、懲役5年(求刑:懲役7年)の実刑判決を言い渡した。その瞬間も、Aは表情を変えることなく、まっすぐ裁判官の方を向いていた。

◆殺人未遂罪と傷害罪を認定

 判決で認定された事実は次のとおり。

 今年1月25日午後7時50分頃、東京都大田区内の環状八号線の路上において、30代の中国人男性のBさんに対して、Aの車の前にBさんが立ちふさがっていることを認識しながら、Aは殺意をもって、あえて発進して衝突させた。そしてBさんをボンネット上に乗せたまま、少なくとも時速57kmまで加速させ、約176m走行。その後、Aはハンドルを急に右に切り、Bさんをボンネット上から路上に転落させ、右ひざを骨折するなどの全治2か月の重傷を負わせた(殺人未遂罪)。

 さらに、Aは30代の中国人男性のCさんに対して、Aの車の右前方にCさんが立っている状況を認識しているのに、あえて発進して衝突させ、左ひざを打撲するなど全治1週間の傷を負わせた(傷害罪)。

◆誤想過剰防衛が成立しなかったワケ

 本当にAは、BさんとCさんから暴行・脅迫を加えられる危険が差し迫った状況だったのだろうか。両者食い違う主張について、江口和伸裁判長は判決で次のように認定した。

「(BさんとCさんは)車両の窓をノックし、ドアノブを引くなどしているものの、少なくとも強く叩くなどの行動はしていない。また、車両の窓は閉められ、ドアは施錠されていた。そうすると、(Bさんが)交通トラブルを起こした被告人に対し、ヒートアップして、怒鳴ったり大声を出したりしていたとしても、客観的に(BさんとCさんが)被告人に対して暴行・脅迫を加える危険が差し迫った状況にはなかったと認められる」

 Aは被告人質問で、Cさんが携帯電話で電話している相手が“ヤクザ仲間”だと勘違いし、「仲間が道具を持ってきて窓ガラスを割られて、連れ去られてしまうかもと思った」と弁解。

 しかし、江口和伸裁判長は「(Bさんが)ヒートアップして、怒鳴ったり大声を出したりしていたとしても、被告人が自ら110番通報をしたり、クラクションを鳴らすなど助けを求めることは容易だった」として、Aの弁解を退け、誤想過剰防衛は成立しないと結論づけた。

◆Cさんへの衝突も「暴行」と認定

 また、弁護側はCさんへの衝突について、Aが車を発進させようとした際に阻止するように、Cさんが突然飛び出してきたため回避はできないとして無罪主張をしていた。

 この点、判決では「被告人がハンドルを右に切るのとほぼ同時に、(Cさん)が進路上に進入してきた結果として、衝突したものと認められる」として、AがCさんに対して衝突させたことは認めがたいとされた。

 一方で、AはCさんが右前方で電話していることを把握していたことから、「(Cさんが)車両付近にいることを認識しながら、車両を発進させた」として、少なからず「暴行」の故意はあったと認定した。

◆裁判長は「強い非難に値する」と断罪

 そのうえで、江口和伸裁判長は、Aの犯行態様について「危険性が高く悪質なもの」と指摘。さらに、「犯行後も自ら警察に通報することなく、その場から走り去るなどしている点も含め、一連の行動から自己本位的な姿勢もうかがわれ、強い非難に値する」と断罪。示談が成立していることなどを考慮して、懲役5年(求刑:懲役7年)の実刑判決が言い渡された。

 偶然にも中国人同士に迫られた挙句に、犯行に及んだA。いずれにしても、Bさんをボンネット上から転落させてもなお、逃走したことは断じて許されないことだ。

文/学生傍聴人

【学生傍聴人】

2002年生まれ、都内某私立大に在籍中の現役学生。趣味は御神輿を担ぐこと。高校生の頃から裁判傍聴にハマり、傍聴歴6年、傍聴総数900件以上。有名事件から万引き事件、民事裁判など幅広く傍聴する雑食系マニア。その他、裁判記録の閲覧や行政文書の開示請求も行っている。