ユニクロの店舗に時給1000円のアルバイトとして1年間潜入取材して溜まったメモは30冊以上。記録を書き残す以外に重要なメモの役割とは? ユニクロ、アマゾン、ヤマト運輸、佐川急便からトランプ信者の団体まで名だたる大企業・団体に潜入してきたジャーナリストの横田増生氏による著書『潜入取材、全手法』(角川新書)から一部を抜粋・再編集して、お届けします。

いい文章が浮かんでくるのは一回だけ

『ユニクロ帝国の光と影』を2011年に出版すると、ユニクロが文藝春秋を名誉毀損で訴えてきた。ユニクロ側はさらに3年半にわたる裁判の期間中は取材を控えてほしいと要望してきたのだが、裁判で文藝春秋が勝訴したあとも、ユニクロは私が決算会見に出席しようとするのを拒んだのだ。

そうした姑息なユニクロの鼻を明かすため、私はユニクロに潜入取材することを決めた。

ユニクロの潜入取材の最初の関門は面接試験である。特にユニクロの主要な労働戦力は、学生と主婦。私のような50代の男は浮いた存在となる。だが、面接に合格しないと潜入取材は始まらない。

2015年秋のこと。ネット経由で時給1000円のアルバイトに応募すると、一週間後に面接を受けることになった。

面接日は、最高気温が20℃を超える晴れの日だった。面接が行われる店長室に入ると、ミュージシャンの布袋寅泰を小柄にしたような店長と、お笑いコンビのチュートリアルのツッコミ担当の福田充徳似の副店長が待っていた。

「メモを取ってもいいですか」

面接が始まると同時に私は了解を求めた。

『ユニクロ帝国の光と影』の取材で、上司の話を聞くときにメモを取っていなかったためにこっぴどく怒られたというユニクロ社員の挿話を何度も聞かされていたからだ。

メモ文化の中で育ってきた店長と副店長に、異存があろうはずはない。というより、ユニクロマインドを身に付けたアルバイト候補がやってきたのではないかと好印象を与えることもできたかもしれない。実際、私は面接当日に採用を知らせる電話を受け、翌日から出勤となった。

ユニクロはメモ会社である。このことは、私の潜入取材にとって有利に働いた。いつでも、どこでもメモを取り放題なのだ。

ユニクロで働いていた1年間、ポケットに入るサイズのノートと黒のボールペンを常に携帯し、時間を見つけては誰はばかることなくメモを取ることができた。自分のシフトや毎日のミーティングの内容、店舗で起こった出来事、掲示板に張り出された連絡事項など、執筆の際の材料になりそうなことは何でもメモに書き留めた。

百円ショップで買ったA6サイズのメモは、働き終わるまでに30冊以上が溜まった。手書きのメモは、古典的ではあるが、潜入取材の記録を残す有力な方法だ。

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メモの執筆材料集め以外の「重要な役割」

メモ帳を使うときに気を付けなければならないことは、決して落としてなくさないことだ。私の場合、サービス残業をしている疑いのある店長の出勤時間なども書いていたため、だれかが拾ってメモを読めば、潜入取材の意図が知られてしまうかもしれない。私は1日に何度も、メモがポケットに入っていることを確認した。

なかには、とびぬけて記憶のいい人がいるかもしれない。フォトグラフィック・メモリーといわれる映像記憶能力を持つような人だ。しかし、たいていの人の記憶は頼りなく、はかない。たとえば、昨日の夕食の献立は思い出すことができても、3日前、一週間前となると、自分が何を食べたのかさえ曖昧になる。

それはわれわれの記憶が日々、更新されており、脳に過重な負担がかかることがないようにと、必要のない記憶が消されていくように設計されているからだ。脳内で一時的な記憶を蓄えるといわれる海馬、そこにとどめておけるワーキングメモリーの許容量は、7個前後といわれる。

ジャーナリストを志すためには、そんないい加減な自分の記憶力に頼らないことが必要となる。何でもメモに残す。何が重要かという判断は二の次として、書くための材料を集めるために、とことんメモを取る。

さらに、あとで語るようにメモを残すことは、名誉毀損裁判で訴えられたとき、書き手を守ってくれるという重要な役割も果たす。

メモに残すのは取材のときだけにとどまらない。取材が終わり、何カ月かかけて本を執筆する際、途中でいい文章が頭に浮かんでくることがある。往々にして、ぼーっとしているときに、いい文章が浮かんでくるものだ。そのときも、必ず書き留める。

自分の頭に浮かんできたことだから、あとになっても簡単に思い出せるだろう、と考えるのは大間違いだ。いい文章が浮かんでくるのは一回だけで、そのあと、どうしても思い出せないということがしばしばある。浮かんだ文章を書き留めていないと、大きな魚を逃したような後悔に襲われて歯嚙みすることになる。