天候や匂い、BGMも書き留める

ユニクロの店舗では、バックルームでの〝袋むき〟作業から始めた。これは、店舗に送られてきた商品を、店頭に並べることができるように段ボールから出して、ビニール袋を剝く作業のこと。その作業中に私がメモしたのは、段ボールに印刷された中国の生産工場の名前だった。

いくつかの名前を書き写しているうちに、〈クリスタル アパレル〉という名前にピンときた。私が『ユニクロ帝国の光と影』を書くために、中国の広東省で取材したユニクロの下請け工場の〈晶苑集団〉のことだったのだ。

取材当時、その工場で経営幹部にインタビューした翌日、私は労働者の話も直接聞きたいと工場近くの市場で買い物をしていた女性に声をかけた。夫婦ともに〈晶苑集団〉で働いているという。夫婦と8歳になる一人娘が暮らしているアパートまで付いて行き、話を聞いた。

日本の間取りでいうと八畳一間のアパートには、台所とトイレ、それに親子3人が一緒に眠るベッドがあった。彼らは中国で〝農民工〟と呼ばれる出稼ぎ労働者であり、経済発展の下支えの役割を負うが、その生活はつましい。女性に将来の夢を尋ねた。

「体がつづく限り、夫婦二人で出稼ぎをつづけようと思っています。娘がちゃんとした教育を受け、上の学校まで行って、私たちのような出稼ぎではなく、事務所で働く人になってほしい。少なくとも娘の学校教育が終わるまでは、出稼ぎをやめるわけにはいきません」

その時のことを思い出しながら、今でも二人は同じ工場で働いているのだろうか、と考えた。もっといい条件の工場を見つけて働き場所を変えたのだろうか。

取材のとき、髪を後ろで二つに結んでいた女の子は、日本でいうなら中学二年生になっているはず。終始、興味深げにその様子を見守っていた少女は、両親の期待に応えようと勉強に励んでいるのだろうか、と店舗のバックルームで物思いに浸った。

段ボールについて来る送り状には、配送を担当する物流業者の名前が書いてあった。〈三菱商事ロジスティクス〉や〈ハマキョウレックス〉、〈ダイセーロジスティクス〉や〈SBSロジコム〉などの社名が書いてある。これもメモに書き取る。

私は物流業界の専門紙の出身なので、だれがどこからモノを運んできたかという物流の情報に人並み以上に興味がある。加えて、『ユニクロ帝国の光と影』にも同社の物流網について企業名を挙げて書いており、それ以降に起こったと思われる委託先の変化は新情報だった。

ユニクロは頑ななまで秘密主義の会社であるため、多くの企業が公開している取引先の物流企業の名前を公表していない。よって、ユニクロのサプライチェーン(供給連鎖)に関する情報にはニュースバリューがある。

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「ここがメモの出番だ!」と思った瞬間

潜入する企業に関する情報が多いほど、何を観察して、何をメモに残すのかがより的確に判断できる。しかし、潜入する前に、相手企業のことをすべて把握するのは不可能なので、事前準備にそこまでこだわる必要はない。

準備不足を恐れて二の足を踏むより、思い切って相手の懐に飛び込んで、そこから何かをつかみ上げてくるのが潜入取材の醍醐味なのだから。何をつかみ上げることができるのかは、だれにも分からない。そこがおもしろいところなのだ。

メモには、5W1Hに沿って記録を残していくといい。いつ、どこで、だれが、何を、なぜ、どのように行ったか──というように。過剰に書く必要はないが、あとで読み返して、場面が浮かんでくるようなメモを心がける。できれば、天候や匂い、流れていたBGMや話し相手の服装なども書き留めておくといい。

大事なのは、メモはその日のうちに見直す習慣をつけることだ。書き足りない点は赤字で補足。自分の文字ではあるが、時間が限られた中のメモは走り書きとなる。

後で見返すと、何を書いたのかが自分自身でも判読できないことがある。けれども、その日のうちなら、何を書いたかという記憶を頼りに、読解不明の文字や文章を、十分に補うことができる。さらに、その日のうちに見返しておくと、メモの内容が頭に残りやすくなるという利点もある。

1年の間で、「ここがメモの出番だ!」と思った瞬間は、3店舗目の新宿駅東口にあったビックロ(2022年6月閉店)で、営業時間の後に商品整理をしていたときだ。ビックロで私が担当した仕事の一つに荷受け作業があった。

物流センターから毎日、トラックで運ばれてくる数百個に上る段ボールを、1階から3階までの指定された部署に運び入れる作業。繁忙期の感謝祭というイベントのときには、1日700個前後の段ボールが運び込まれた。マニュアルもなく、短い時間で狭いエレベーターを使って荷物を振り分けるという、誰もが敬遠したくなるような重労働だった。

その作業が終わって店頭の商品を畳み直していると、男性の正社員が私に声をかけてきた。

「荷受けは、大変だよね」

「いい運動だと思ってやっていますよ」。そう優等生的な答えを返すと、

「ホントに? 荷受けはいい運動なんかじゃないよ。奴隷の仕事だよ。奴隷の!」

というストレートな言葉が打ち返されてきた。

これはちゃんと受け取らないといけない。すぐに、商品整理をするふりをして、通路にしゃがみこんでメモ帳を引っ張り出して、彼の言葉を書き留めた。

横田 増生

ジャーナリスト