不動産会社が新宿区のアパートから住人女性に“立ち退き”を求める訴訟、二審でも棄却 「正当な理由のない更新拒絶は認められない」

11月7日、不動産会社が新宿区のアパートに居住する女性に立ち退きを求めて起こした建物明け渡し請求訴訟(通称「柿の木訴訟」)の控訴審で、東京高裁は一審と同様に原告の請求を棄却する判決を言い渡した。

2022年に立ち退き申し入れ、同年に訴訟が開始

本訴訟の原告は、建築・不動産に関した事業を行う宅建業者「株式会社ATC」(本社は東京都中央区)。

被告は平出恵津子さん。

2022年5月、元々は別の会社が所有していた、平出さんの住むアパートを、原告が買い取った。買い取りの3日後、原告は平出さんを含むアパートの住人らに「建物を取り壊すことが決まった」と告げて、立ち退きを申し入れた。

借地借家法では、「正当な事由」がない限り、賃貸人から建物賃貸借契約の更新を拒絶することは認められない。さらに、賃貸人が不動産を専門とする宅建業者である場合には、通常よりも大きな説明責任が求められる。

平出さんは原告に更新拒絶の理由を尋ねたが、説明はなかったという。6月、原告と平出さんおよび平出さん側の代理人との三者間で協議を行い、その後、原告から受任した法律事務所と内容証明郵便を送付し合って交渉を続けたが、やはり「正当事由」が示されなかったため、平出さんは立ち退きを拒否した。

2022年9月、東京地裁から平出さんに訴状が届き、第一審が開始。被告となった平出さん側も、「交渉において立ち退きを迫った原告の行為には違法性がある」と主張する反訴を行った。

2024年1月、地裁は原告の請求を棄却する判決を言い渡す。同年2月、原告が控訴。3月に被告側も附帯控訴を行った。

控訴審でも原告・被告双方の請求が棄却される

一審では「本件更新拒絶に正当事由があると認めることはできない」として、原告の請求が棄却された。控訴審でも「原告はアパート取り壊し後の具体的な計画を主張・立証していない」として正当事由を認めず、請求を棄却。

また、原告は「アパートには法令不適合箇所が存在すること」を取り壊しが必要な理由として主張していた。しかし、裁判所は「不動産を専門とする会社であるならアパートを買い取った時点で法令不適合箇所の存在を認識していたはずである」「認識していなかったとしても原告側の重過失」と判断して、立ち退きの正当事由とは認めなかった。

さらに、控訴審から、原告は「被告側の行動が信頼関係を破壊している」との主張を追加している。平出さんの支援者らが結成した「『柿の木訴訟』を支える会」は、本件について「#STOP令和の地上げ屋」と題したオンライン署名を集めているほか、ホームページ、YouTube、X(旧Twitter)などで本訴訟について情報発信を行い、原告に抗議している。これらの抗議行動が原告に対する名誉毀損にあたり、平出さんとの貸借契約を解除する理由になった、という主張だ。

だが、高裁は「少なくとも更新拒絶の通知時点においては、そのような事情(抗議行動)はなかった」「賃貸契約の期間満了後の事情については、これをもって更新拒絶についての正当事由を基礎付ける事実とすることはできず、主張自体失当である」と、原告の主張を棄却した。

一方、被告側は、賃貸人が賃借人(居住者)に退去を求める際には賃借人の利益に配慮した形で誠実に交渉すべきとする「信義則上の義務」を怠り、アパートの取り壊しが確定しているかのように平出さんを信じさせて恐怖と不安におとしいれたと主張して、反訴(附帯控訴)を行っていた。

地裁は「原告がことさらに虚偽の事実を述べて平出さんを誤信させたとの事情は認められない」「その他の原告の交渉態様等にも違法性までは認められない」と判断。高裁も地裁の判断を引き継ぎ、被告側の請求を棄却した。

「このような手段自体が、社会からなくなってほしい」

判決後に被告側が開いた記者会見で、平出さんは以下のように語った。

「オーナーが変わって3日後に『取り壊すから出ていってほしい』と言われた。私は法律に詳しくないが、おかしいと思った。理由を聞いてもそれを告げられず、更新拒絶と言われ、訴訟を起こされた。訴訟の段階で、会社側は後出しで理由を主張してきた。

地裁で会社側の主張が認められなかったら、今度は高裁に訴えられた。

安い給与の中で、裁判を行うことは、すごく不安があった。この後に最高裁に訴えられたり、違う訴訟を起こされたりしたら、どうやったって音を上げてしまう。そういうのは、おかしいと思う。

私は支援者がいたから、声を上げることができた。

会社側は訴訟によって数十億円の損害が出たという(※)。こんな風に、訴訟によって立ち退かせようとすることは、企業にとってもよいことではない。このような手段自体が、社会からなくなってほしいと思う」(平出さん)

※「柿の木訴訟」を支える会のホームページには、原告が金融機関から数十億円の融資を断られ、事業計画がとん挫したという旨が記載されている。

「柿の木訴訟」を支える会事務局の後藤浩二氏は「正当性すらない、スラップ訴訟のような裁判。こういうことはまかり通らない、と多くの人に知ってほしい」と訴える。

「本訴訟によって会社側や融資した金融機関は損害を出し、痛い目を見ることになった。『住まいの権利』を侵害しようとすることは、社会的にも通らない。

オンライン署名は5000筆以上も集まった。企業対個人の訴訟で、これだけ集まるのは珍しい。全国の住人たちが、声を上げている。

名誉毀損で訴えられることを危惧して声を上げられない人々もいるかもしれない。全国の人々が見ていることを示して、こういった事態を繰り返させないようにしたい」(後藤氏)

「不動産企業としての社会的責任を問いたい」

被告側代理人の戸館圭之弁護士によると、不動産明け渡し訴訟は弁護士なら何度も経験する機会がある、裁判所で“ルーティーン”のように行われている訴訟であるという。

「しかし、今回の裁判には、通常では済まされない問題がある」(戸館弁護士)

原告のWebサイトで顧客向けに事業を紹介しているページには「入居者問題の解決 例:立ち退きなどのお手伝い」との記載がある。戸館弁護士は「実質的に『追い出しを行います』と主張しているようなもの」と指摘する。

「アパートやマンションに住んでいる人々はそれぞれの人生を抱えている。お金を払って解決するような問題でもない。人の住まいを扱う、不動産企業としての社会的責任を問いたい」(戸館弁護士)

経済的利益のためにアパートなどの取り壊しを行いたい企業が住人に立ち退きを求めて、住人が求めに応じない場合には不動産明け渡し訴訟を行う事例は、近年でも多数行われている。戸館弁護士は、正当な事由がない立ち退き請求は認められないことが明示された点に今回の判決の意義がある、と評価する。

一方、法律上は、次回の契約更新の際に会社側がまた立ち退きを求めて、断られたら訴訟を起こすことが可能だ。戸館弁護士は、平出さんが「賃料を毎月払う」「借りている部屋を破損しない」「大声で騒がない」など賃貸契約上の中核的な義務を守っていると示したうえで、「正当な事由がないのに立ち退きを求めることは許されない、と声を上げていきたい」と語った。