「自分の死後は、残された家族に迷惑をかけないようにしたい」と願うのは、誰しもが持つ自然な思いです。特に、家族の中に認知症や知的障害を抱える人がいる場合、その準備はより一層重要になります。事前の計画がなければ、残された家族が直面する困難は計り知れません。この記事では、自身も障害児の母親であることから、障害児家庭における資産に関する問題に詳しい大野紗代子税理士が、万全の準備をした実際の事例をもとに、認知症や知的障害のある家庭で、相続における家族への事前の配慮がいかに重要であるかを解説します。

長年一部上場企業に勤めた85歳・男性の事例

「自分の死後は、残された家族に迷惑をかけないようにしたい」

おそらく、多くの人がそのような考えを持っていると思います。残された家族の負担を減らすためには、事前の準備が大切ですが、特に家族の中に認知症や知的障害のために意思決定が難しい人がいる場合は、より入念な準備が必要です。

今回は、元気なうちに万全の準備をされた山崎さん(仮名)の事例をご紹介します。

山崎さんは85歳、長年一部上場企業に勤めた後、定年後は趣味の水墨画をカルチャーセンターで習ったり、散歩をしたりと、悠々自適な生活を送っていました。

そんな山崎さんが、自分が亡くなったあとの財産について相談があると私の事務所に来られたのは、今にも粉雪が降りそうな真冬のことでした。

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妻は認知症、次男は知的障害…約1億円の財産を家族にどう託すか

詳しくお話を伺うと、家族構成は奥様と長男、次男とのことです。現在、奥様は認知症になり施設に入所していて、次男には知的障害があり、グループホームで生活しています。長男は結婚して、家族とともに山崎さんと同居しているとのことでした。

「私が亡くなったあと、残された家族が安心して暮らせるように準備したいのですが、何からやったらいいかわからなくて。長男も家族があるから、妻や次男のことで、なるべく面倒はかけたくないと思っているのだけどね……」

紳士的な山崎さんは、困った表情を浮かべながら話してくれました。

「次男のこともあるから、家族にある程度の財産は残したいと思っていて、昔から資産運用なんかもちょこちょこ勉強したりしてね。財産は、約5,000万円の自宅と金融資産が5,000万円ほどあるよ」

財産の分け方について考えているのか質問してみると、長男には負担をかけてしまうかもしれないから、できるだけ多く渡して何とかそれで妻や次男の面倒を見てほしいと思っているようでした。

遺言書の有無を確認したところ、山崎さんは「もめるような家庭じゃないからね、長男にはある程度私の考えは伝えてあるし、なんとか上手くやってくれると思っているよ。長男は、おかげ様でそれなりの会社に入って頑張って働いているし、お金に困ってはいないようだから、心配していないよ」と答えました。

それを聞いて、私はすぐに遺言書の作成を勧めました。