年収の壁として意識すべきは、所得税ではなく社会保険の壁
――現在、103万円、106万円(月額8万8000円)、130万円と、さまざまな年収の壁をなくす論議が盛んです。一方で、103万円は「意識の壁」あるいは「幻の壁」という指摘もありますが、こうした誤解や複雑さについてはどう思いますか。
川上敬太郎さん 昨今、103万円という金額がクローズアップされるきっかけとなったのは、所得税の基礎控除等を引き上げると国民民主党が主張したことです。その施策自体は、手取りを増やす効果が大いに期待できるものだと思います。
ただ、収入が103万円を超えても、超える前より手取りが減って働き損になることはありません。にもかかわらず働き損が出ると誤解しているケースを除き、所得税を103万円の「壁」だと意識しているケースは稀です。
103万円が壁と認識されるのは、収入が103万円を超えると配偶者が勤める会社から支給される家族手当が打ち切られるケースが多いことが関係していると思います。これは所得税の問題ではないため、あくまで各会社で制度変更してもらわなければ「壁」の解消にはなりません。
――なるほど。所得税の問題ではなく、配偶者が働く会社の問題であると。
川上敬太郎さん また、アルバイトしている学生さんは、所得税の扶養控除対象から外れるからと103万円以内に抑えるよう親から言われるケースもあります。その場合は、あくまで世帯収入を減らさないために親から出される指示であり、それによって学生さん個人の収入を増やす機会が奪われている面もあるだけに少し事情が異なります。
一方、社会保険の壁である、月額8万8000円を年換算した106万円の壁と年収130万円の壁は、ギリギリで超えてしまうと却って手取りが減り、働き損が発生します。
そのため、106万円と130万円の壁は政府の「年収の壁・支援強化パッケージ」の対象になっています。年収の壁として意識する必要があるのは、基本的にはこれら社会保険の壁なのだろうと思います。
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「時間制約の壁」が、男女を問わず働く人すべての課題に
――いろいろ複雑ですね。ズバリ聞きますが、どうしたら年収の壁問題は解決しますか。女性が思う存分に生き生きと働けるようになるにはどうしたらよいでしょうか。
川上敬太郎さん 扶養枠という制度が既に社会の中に浸透している以上、制度変更してもしなくても、どこかに歪みは生じてしまいます。残念ながら、誰もがスッキリと納得がいく形で解決することはできないと思います。
もし扶養枠という考え方をなくせば、年収の壁自体はなくなります。年収の壁をめぐる制度は複雑怪奇で、そもそも正確にルールを把握すること自体が難しい「制度理解の壁」が生じているのが現状です。扶養枠をなくすという方法は1つの有力な選択肢なのだと思います。
しかし、扶養枠は長年人々の生活の中に浸透し、人生設計に組み込まれています。また、働きたくても働くことができない事情を抱えている人もいます。もし扶養枠をなくす方向へと舵を切るのなら、それらの事情に最大限配慮し、激変緩和措置を含め、長い年月をかけて変えていく必要があるでしょう。
――う~む。国民民主は「年内に目途をつけたい」などと主張していますが、簡単にはいかないということですね。
川上敬太郎さん ただ、扶養枠に関しては、私が研究顧問を務めるしゅふJOB総研の調査では、時給2000円を超える仕事に就いた場合は9割の人が扶養を外すと回答しています。世の中に時給2000円以上の求人が増えるほど、扶養枠自体が不要になっていくはずです。
主婦・主夫層の多くは、豊富な実務経験を持っています。短時間でもそれらの経験やスキルを活かして成果を出せる仕事はたくさん眠っています。
職場側が「高時給の仕事はフルタイム」「正社員の仕事はフルタイム」という先入観を拭い去ることで、短時間かつ時給2000円以上の仕事を切り出せる余地は大いにあります。それは採用難に悩む職場側にとっても、有益な取り組みであるはずです。
――年収の壁について、特に強調しておきたいことがありますか。
川上敬太郎さん 年収の壁は厄介な壁ですが、制度が変わって、もしその壁が取り払われたとしても「時間制約の壁」はなくなりません。さらに現在、男性の育休取得率上昇に象徴されるように、仕事と家庭の両立は女性だけの悩みではなくなりつつあります。
性別問わず誰もが家庭を切り盛りする主体となる一億総しゅふ(主婦・主夫)化が進んでいきます。つまり、「時間制約の壁」は働く人すべての課題になってきたということです。
その壁を乗り越えるヒントが、自身の裁量で時間や場所等を決められることにあります。テレワークやフレックス勤務などを充実させ、時間と場所を自分で決められる職場環境を整備することが、より重要になってくるのではないでしょうか。
(J‐CASTニュースBiz編集部 福田和郎)