昨今、免許返納をするかしまいか悩んでいる高齢者は少なくないだろう。しかし、ブレーキとアクセルを踏み間違えては一大事。大事に至る前に返納したいところだが、なかなか穏便にいかないケースもあるようだ。地方に住む須藤恵理子さん(仮名・55歳)は驚きの出来事があったと語り出す。
◆免許返納、老人ホームへの入園をごねる父
「当時80歳だった父は、私が生まれ育った広い一軒家で一人暮らしをしていました。体はまだ元気そうでしたが、田舎生活では車が必需品。周りは田んぼしかなく、スーパーに行くのにも車で20分はかかります。兄弟たちとも相談し『そろそろ運転も危ないし、老人ホームに入ってみない?』とそれとなく提案してきました。しかし、家が大好きな父は『わしは誰にも迷惑をかけずに自分で生活できている!』と頑なに反対してきたんです」
◆“無事故・無違反”のプライドが邪魔をするのか
車を売ることに猛反対したという須藤さんの父。
「母はすでに先立っていたのですが、たしかに意外にも料理や自炊はしっかり自分でやっているようでした。縁側で囲碁を打つのが楽しいみたいで、家事をしながら一人暮らしを謳歌しているのもわかります。でも、ちょうど高齢者の運転による事故がニュースで話題になっていたこともあって、『やっぱりいつまでも運転するのは危ないからそろそろ車を手放した方がいい』と皆で免許返納を強く勧めたんです。
何十年も事故なく運転してきた父はプライドがあったようでした。『それは嫌だ』と断固拒否され攻防戦が続くこと数ヶ月……。私の旦那やご近所さんのドライバーたちに『私は“無事故・無違反”でこれまでずっと乗ってきたんです。今、私の運転は間違ってますかね?』と確認しましたが、『大丈夫ですよ』と返すしかないじゃないですか。周りの人に気を遣わせていましたね」
と須藤さんは振り返る。周りの家族が団結し、車は売ることになったのだが須藤さんの父は車を売ることにかなり抵抗したものの、結局周りが車を売る段取りを進め、無理矢理手放させたそうだ。
◆「売ったはずの車」が車庫に…
「父は納得がいってない様子でしたが、近所に住む兄弟たちが当番で買い出しに付き合うことになり、なんとかこれで丸く収まったねと家族で話していました。しかし、しばらくすると父は『買い物はネットスーパーで頼むからもう大丈夫だ』と主張してきたんです。パソコンに詳しくないはずなので、怪しいなとは思っていたのですが……」
数ヶ月後、須藤さんが実家に様子を見に行くと、あろうことか「売ったはずの車」が車庫に止めてあったのだ。
「あれ、なぜまたここに? と思って近寄って見てみると、車内の椅子にビニールカバーがかかっていて、それが新車であることがわかりました。なんと父は車種も色もさらにはナンバープレートまで同じ車を新たに購入していたんです」
須藤さんは父の斬新な発想に唖然としつつも、一本取られた感覚になったという。
「後で父を問い詰めてみると『売れっていったから売ったじゃないか。また買っただけ』と父は平然と語りました。車は一括で購入したようです。執念を感じましたね」
その後も少しだけ乗車しつつ、須藤さんの父はなんとか“無事故・無違反”で一生を終えたそうだ。
周囲の家族の心配を他所に、自分はまだ健康であると当の本人は自負しがちなものである。車社会の地域に住む高齢者はなおさら折り合いのつけ方が問われるだろう。
<TEXT/ おせりさん>
【おせりさん】
下北沢に住む32歳。趣味はポーカーとサウナ、ホラー映画鑑賞。広告代理店・制作会社を経てフリーランスのブロガー兼ライターに。婚活ブログ『アラサー女の婚活談義』と生きることをテーマにした『IKIRU.』を運営中。体験談の執筆を得意としている。X(旧Twitter):@IKIRUwithfun