経済的自立を果たし、早期退職をしたとしても、理想のFIRE生活を送れる人は少ないようです。実際には、FIREを卒業し、再び働かざるを得ない人も。なぜそのようなことが起こるのでしょうか? 本記事では、我妻佳祐氏の著書の『金融地獄を生き抜け 世界一簡単なお金リテラシーこれだけ』より、FIREの落とし穴について解説します。

「FIRE」という損な生き方

一部の若い人たちのあいだでは、なるべく早く仕事を辞めて、残りの長い人生を金融資産だけで食べていくライフスタイルが注目されるようになりました。「Financial Independence(経済的自立)、Retire Early(早期退職)」の頭文字を取って、「FIRE(ファイヤー)」と呼ばれています。

会社や仕事にしばられることなく、自分のやりたいことに時間を使って生きていきたい。人生で使える時間にはかぎりがありますから、そんなことができるなら自分もそうしたいと思う人はいると思います。たいしてやりたくもない仕事をしながら会社であくせく働くより、そのほうがカッコイイと感じる人もいるでしょう。でも、本当にそんな生き方が誰にでも可能なのでしょうか?

このムーブメントが生まれたアメリカでは、1年間にかかる生活費の25倍にあたる金額を貯蓄することがFIREを実現するための目安とされています。日本の場合、年間の生活費は400万円ぐらいでしょうか。だとすれば、FIREするためにはおよそ1億円を貯めなければいけません。

それを会社の給料だけで貯めるのは、まず無理です。会社員が入社から定年までに稼ぐ生涯収入は、大卒の人でだいたい3億〜4億円程度。給料を1円も使わずに貯金したとしても、20年ぐらいかかるでしょう。しかし、ずっと親に養ってもらうご身分でもないかぎり、そんなことはできません。

ものすごくがんばって生活費を切り詰めれば、給料の半分を貯金に回せるかもしれませんが、その場合でも1億円になるまでに30〜40年。下手をすれば定年を迎える年齢になっているので、まったく「早期リタイア」ではなくなっています。

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「FIRE」はギャンブルで生活するのと変わらない

ですから、1億円を貯めてからFIREを実現するのは、現実的ではありません。実際には、30代ぐらいで数千万円を貯めたところで仕事を辞め、FIREを始めるケースが多いだろうと思います。

しかし、それぐらいの銀行預金だけでは、残りの長い人生をまかなうには、もちろん足りません。銀行預金は利率が低いので、仮に4,000万円の蓄えがあったとしても、10年ぐらいでなくなってしまいます。

したがって、FIREの生活は投資なしには成り立ちません。貯めたお金を利回りの高い投資商品につぎ込んで、給料の代わりに資産所得で生活費を捻出することになります。でも、これは簡単ではありません。4,000万円をすべて投資に回すとしたら、年400万円の生活費を稼ぐのに必要な利回りは10%。この高利回りで資金を運用し続けるのは、ギャンブルだけで生活費を稼ぐようなものです。

投資のプロでも、損失を出さずに年利10%で何十年も運用するのは至難の業だと思います。

たとえそれだけの手腕があったとしても、その生活はかなり忙しいものになるでしょう。常に利回りのよい金融商品を見つけるために情報を集めなければなりませんし、その一方で、投資した商品の値動きをこまめにチェックする必要もあります。

たとえば買った株式が値下がりしそうだとわかったら、すぐに売って別の株式を買う。そんな気の休まらない日々が続くのです。それでうまく稼げたとしても、会社で忙しく働くのと何が違うのでしょう?

それに、「絶対に投資だけで稼がねばならない」となると、「おいしい儲け話」に飛びつきやすくもなるでしょう。安愚楽牧場の和牛オーナー制度などは、13%を超える高利回りを約束していました。ほかに収入の道がない人にとっては、じつに魅力的です。でも、そんな危うい投資商品にうっかり手を出して「被害者」になってしまったら、FIREするために一生懸命に貯めたお金が1発で消えてしまうかもしれません。

そういう危険との隣り合わせが、FIREという生き方です。実際、株価が上昇しているときにFIREした人が、株価が下がってきたら「FIRE卒業」といってまた働かざるを得なくなる事態も起きています。

なにを当たり前のことをいっているのかと思うかもしれませんが、「労働もする。もちろん投資もする」がベストなのです。
 

我妻佳祐
マネックスライフセトルメント代表取締役