お笑いコンビ「ダウンタウン」の松本人志氏(61)の性加害を報じた「週刊文春」の記事をめぐり、発行元の文藝春秋などに対して約5億5,000万円の賠償を求めた裁判は、11月8日に松本さん側が「訴えの取下げ」をして終結した。同日には、コメントを代理人弁護士を通じて公表。
松本氏の芸能界復帰を期待する声があがる一方で、X(旧Twitter)では「#松本人志をテレビに出すな」というハッシュタグがトレンド入りするなど、世間の意見は真っ二つに分かれている。
呆気ない結末となったこの裁判。松本氏側の「強制性の有無を直接に示す物的証拠はない」とするコメントに、法律関係者は一様に首をかしげる。
◆法律関係者が紐解く「訴え取り下げの理由」
そもそも名誉毀損とは、その名のとおり「人の名誉を傷つけること」。成立要件は複数あるが、その中でも議論の中心となったのは「真実性の証明」だ。
「真実性の証明」、この文言だけを見ると「『文春報道が真実だった』という確定的な事実が必要である」と思い込んでしまう人もいるかもしれない。だが判例では、取材する側が「真実であると信じるにつき相当な理由」があれば足りるとされている。
すなわち、松本氏は性加害をしていないとしても、文春側が丁寧な取材を行い、性加害を真実として「信じるにつき相当な理由」があるのならば、松本氏側が敗訴する。
法律関係者は、「世間は松本氏側が敗訴してしまえば『性加害は事実だった』、そう考えてしまう可能性が高い。そこで、『訴えの取下げ』をしたのではないか」と指摘する。
実際、世間が注目している“性加害の有無”が、裁判で明確に判断される可能性は低い。世間はそのことを理解するのか。松本氏側が慎重な姿勢を取るのも無理はないだろう。
◆松本氏側が“闘いを諦めた”とも読み取れるが…
筆者は、先日公開した今回の裁判の裁判記録について紹介した記事で、松本氏側の具体的な弁解をしない歯切れの悪い「訴状」と“ナゾな訴訟行為”について触れた。
3月に松本氏側は、審理の迅速化と記憶喚起を理由に、文春記事の中で匿名となっていた「A子さん」、「B子さん」を特定するための事項の開示を文春側に要求。文春側は2通の裁判書面を提出し、開示を拒否し続けた。
そして、3月から続いた押し問答を、文春側が8月7日付けで提出した「準備書面」で、「真実性」の議論へ駒を進めた。この書面には、取材の経緯と方法などが詳細に記されていた。
そうしたところ、11月11日の非公開で行われる弁論準備期日を前に、松本氏側が「訴えの取下げ」の意向を示すことに。文春側がこれに同意し、同月8日で裁判が終結した。
これだけ見ると、松本氏側が文春側が提出した書面を見て“闘いを諦めた”とも読み取れる。もっとも、これ以降、松本氏側が書面を提出しておらず、反論の意向であったのかも定かではない。
前述の法律関係者は、文春側の8月7日付けの「準備書面」の要旨を読み、「文春側は、A子さん、B子さんといった証人を請求せずに、取材メモやLINEの写しなどだけで闘おうとしていたのだろうか」と疑問を呈した。
◆「強制性の有無を直接に示す物的証拠はない」は当然のこと
では、松本氏側のコメントに書かれていた「強制性の有無を直接に示す物的証拠はないこと等を含めて確認いたしました」とは何を示すのだろうか。
前述の法律関係者によると、同様の裁判では一般的に「強制性の有無を直接に示す物的証拠はない」というのは当たり前だといい、松本氏側の理由付けに首をかしげた。
「今回のような性加害と疑われる事件は密室で行われるので、強制力の有無を直接に示す証拠は、ほとんどのケースで出てきません。そこで、A子さんやB子さん、文春の記者などが裁判に出廷して証言をしたり、陳述書を提出したりして、その『信用性』を争うのが一般的なんです」
筆者がこれまで傍聴してきた刑事裁判でも同様だ。性加害で起訴された事件の公判では、「強制力の有無を直接に示す証拠」は出てくることがなく、被害者の供述調書や公判での証言を経て、裁判官が「被害者の証言には信用性がある」と認定するのが一般的。
◆文藝春秋が敗訴した裁判例
一方で、過去には文藝春秋が敗訴した裁判例も多数存在する。今年9月には、自民党の松下新平参院議員が、「外交秘書」とした中国人女性と親密な関係にあると報じた文春記事で名誉を毀損されたとして、文藝春秋に3,300万円の損害賠償と謝罪広告の掲載を求めた訴訟の判決で、275万円の支払いを命じた。東京地裁(杜下弘記裁判長)は、判決で「客観的な裏付けを欠いたまま記事を掲載した」と判断している。
どちらに軍配があがるのか、「決してこの裁判記録だけでは判断しきれない」と法律関係者は言い残した。
◆芸能界復帰への道は?
“勝ち目なし”と悟ったのか、その後の説明がない以上は「訴えの取下げ」の真相は分からないまま。大御所芸能人の松本氏が、約5億5,000万円もの高額な訴訟を提起して、曖昧な終結。さらには、十分な説明がないまま沈黙を貫く松本氏の姿に、世間が騒ぎ立てるのも当然だろう。
「強制性の有無を直接に示す物的証拠はない」という松本氏側の理由付けに“ナゾ”が深まる。いずれにしても、「会見予定なし」と松本氏本人が沈黙を貫く限り、芸能界復帰への前進はないだろう。
文/学生傍聴人
【学生傍聴人】
2002年生まれ、都内某私立大に在籍中の現役学生。趣味は御神輿を担ぐこと。高校生の頃から裁判傍聴にハマり、傍聴歴6年、傍聴総数900件以上。有名事件から万引き事件、民事裁判など幅広く傍聴する雑食系マニア。その他、裁判記録の閲覧や行政文書の開示請求も行っている。