老後を旅行三昧で楽しんだ70代夫婦は、あることをきっかけに「高級有料老人ホーム」への入居を検討しはじめます。しかし、45歳のひとり娘は、両親の施設入居に猛反対……いったいなぜなのでしょうか。牧野FP事務所の牧野寿和CFPが、具体的な事例をもとに、老後資金の“思わぬ落とし穴”について解説します。
毎月のように温泉旅行、海外クルーズ…老後を謳歌する夫婦
夫婦で上場企業に勤務していたAさん(79歳)と妻(75歳)は、都内の閑静な立地にある分譲マンションに住みながら、まさに“勝ち組”といえる老後を謳歌しています。
Aさんは60歳で定年を迎えたあと、5年間は系列会社の役員を務め、65歳で完全リタイア。退職金は夫婦あわせて約5,000万円でした。
現役時代は夫婦とも多忙を極めていたAさんとBさん。退職後は「せっかく稼いだお金なんだから、生きているうちに使いたい」と考え、ほとんど毎月のように、夫婦で温泉旅行に出かけるようになりました。
また、海外赴任中に興味を持っていたエーゲ海をはじめ、カリブ海や北欧、インド洋など、国内のみならず海外のクルーズにも羽を伸ばしました。
A家の現在の収入は、国民年金と厚生年金のほか、企業年金や個人年金保険などをあわせると、月に36万円ほどです。また、旅費はほとんど貯蓄を取り崩して賄っていたため、現在の貯蓄残高は1,600万円ほど。
理想の老後を楽しんでいたA夫妻ですが、Aさんは来年80歳を迎えます。少しずつ体力も衰え、また貯蓄も減ってきていることから、これからの暮らしについて妻と話し合うようになりました。
その結果、夫婦が出した結論は、「海外旅行は今度のハワイ旅行でいったんやめにしよう。それからは貯蓄に手をつけず、毎月年金収入の36万円の範囲で収まるように生活しよう」というものでした。
しかし……。A夫妻の計画は、無念にも頓挫してしまうことになるのです。
ハワイ航路で決めた老後後期の過ごし方
“最後のハワイ旅行”からの帰路、A夫妻はクルーズ船内で、開業医をしていたという老夫婦と親しくなりました。
老夫婦と話すなかで、これからの暮らしについての話題となった際、老夫婦から「あら、そうなのね。私たちはいろいろ考えて、老人ホームにお世話になることにしたの。部屋からの眺めもいいし、スタッフもいい人ばかりだし、施設での生活も悪くないわ」という話を聞きました。
聞けば、老夫婦は、“終の棲家”として高級有料老人ホームを選び、快適な生活をしているというのです。
そんな老後も良いかもしれないな……なんとなく「死ぬまで慣れ親しんだ実家で過ごす」と考えていた2人でしたが、この話に感銘を受けたA夫妻は、老夫婦と同じように高級有料老人ホームへの入居を考えるようになりました。
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冗談じゃない!…ひとり娘が見せた「意外な反応」
A夫妻には、ひとり娘のCさん(45歳)がいます。Cさんは、夫妻が住むマンションから車で30分ほどの賃貸マンションに、大学受験を控えた2人の娘と暮らしています。夫は地方に単身赴任中です。
「ハワイ旅行から帰った」と連絡を受けたCさんは、お土産を受け取るため実家にやってきました。
そこでAさんから「あのな、老人ホームに入ろうと思っているんだ」と切り出され、驚くCさん。よく話を聞くと、両親が入ろうと考えている施設は高級有料老人ホームのようです。
Aさん「今度見学に行ってくるんだが、3食上げ膳据え膳で、大浴場もあるんだそうだ。それに、図書室や理美容室、カラオケ、ジムなんかもあるみたいでな。旅行を控えても退屈せずに済みそうだよ」
Cさん「毎月36万円※の生活でも十分贅沢だと思うけど、元気な人がそんな豪華なところに住んでどうするの? その施設は収入の範囲内で過ごせるんだよね?」
※ 生命保険文化センター「生活保障に関する調査」2022(令和4)年度によると、老後の最低日常生活費は月額で平均23.2万円。ゆとりある老後生活費は37.9万円となっている。
Aさん「収入の範囲内とはいかないが……不動産の人にも聞いて、母さんとも計算してみたんだが、このマンションを売れば施設の費用は賄える計算なんだ」
Cさん「……ちょっと待って、マンションを売る? 冗談じゃないわ! どうしてそんなことになったのよ! 父さんと母さんの面倒は私たちがみるから、急に老人ホームに入るとかとんでもないこと言わないで!」
その後しばらく話し合いが続きましたが、議論は平行線のままで、らちがあきません。決着がつかぬまま、その日のCさんはお土産も持たずに帰っていきました。
いつもは夫婦がなにを話しても「あっそう」というくらいで、淡泊な反応しか示さないCさん。A夫妻はそんなCさんの意外な反応に戸惑いながらも、「もう約束してしまっているしな……」と、翌日予定していた有料老人ホームの見学に向かいました。