理想の施設だったが…迷ったA夫妻がとった行動は

話に聞いていたとおり、その高級有料老人ホームはリゾートホテルのような外観と設備を備えており、スタッフの対応も丁寧で温かく申し分ありません。

肝心の費用については、入居一時金が夫婦で約4,500万円。また管理費や食費、水道光熱費が含まれた月額利用料が、夫婦で月45万円ほどかかります。

また、図書室や理美容室、カラオケ、ジムといった設備、定期的に開催されるレクリエーションやイベントについては、有料のものと無料のものがあります。日用消耗品などは、注文すれば部屋に届けてくれますが、都度費用がかかるようです。

施設内には診療所が開設されており、いつでも利用可能です。また介護が必要になれば、系列の施設の利用や転所対応もしてくれますが、すべて別途費用が必要となります。

不動産業者に尋ねたところ、夫婦が現在住んでいるマンションを売却すれば1億円ほどは手に入ると言っていたことから、「この施設を“終の棲家”にできる」と夫婦は考えています。

とはいうものの、愛娘があれだけ反対するのも珍しいことです。即断は避け、ここは客観的な立場で考えてもらおうと、2人は知り合いのCFPに相談することにしました。

「自宅で暮らす」「施設で暮らす」どちらも破産の心配はないが…

筆者はA夫妻から一連の話を聞き、2つのプランについてそれぞれ試算してみることにしました。すると、A夫婦がハワイ旅行前にもともと決めていた「海外旅行は止めて、毎月36万円以内で過ごす」という計画は、現在のマンションに住み続ければ、十分実行可能なものです。

他方で、見学した有料老人ホームに、現在のマンションを売却して入居した場合も、入居一時金と月額利用料だけを考えれば、夫婦が100歳になるまでは資金が枯渇することはなさそうです。

しかし、月額利用料以外に支払う生活費や有料イベントなどの参加費、それに加え今後介護や看護が必要になったときの支出を考えると、高齢になってから資金が枯渇しないか、さらなる精査が必要です。

Cさんもいうように、健康で自活できているのにわざわざ老人ホームに入居して、老後の資金を使うのは、単なる無駄使いかもしれません。また、自宅を売却してしまった場合、老人ホームの生活に飽きても、もはや戻る家はありません。

そこで筆者は、「いまいちど娘さんと話し合うことをおすすめします」と話しました。

なお、内閣府「令和5年度 高齢者の住宅と生活環境に関する調査結果(全体版)」によると、65歳以上の男性1,277名、女性1,400名計2,677名に“終の棲家”について尋ねたところ、次のような調査結果となっています。



[図表1]治る見込みのない病気になった時、最期はどこで迎えたいか?
出所:内閣府「令和5年度 高齢者の住宅と生活環境に関する調査結果(全体版)」をもとに筆者作成


[図表2]自分が亡くなった後、住まいをどうするか? 
出所:内閣府「令和5年度 高齢者の住宅と生活環境に関する調査結果(全体版)」をもとに筆者作成

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いつもドライな娘が両親の施設入居を必死に止めたワケ

それからしばらくして、Aさんから連絡がありました。

「あれから娘も交えてもう1度よく話し合い、老人ホームに移るのは娘の助言どおりやめることにしました。もし介護が必要になったときは在宅介護をお願いして、住み慣れたいまのマンションでできる限り生活を続けることに決めました。

娘はね、私たちのマンションについて、万が一のことがあったら子どもに住まわせるか売却しようと、相続したときのことまで考えてくれていたそうです。それなのに私どもが急に売却すると言い出したものですから、慌ててしまったようでした。

そんな計画があるのならいますぐにでも明け渡したいものですが、娘も孫も遊びに来るたびに長生きしてねと言ってくれるし、どうしたもんやら」

今回のA夫婦の騒動は、いまのところは笑い話です。しかし、年をとり物事の判断が鈍くなり、後先を考えずにお金を使ってしまえば、思わぬタイミングで生活が困窮しかねません。

「自分たちが貯めたお金の使い道を自分たちで決めてなにが悪い」と考える人もいるでしょうし、その考えは決して間違っているわけではありません。しかし、限られた情報をもとに偏った判断をした結果、後々後悔することになった、家族とトラブルに発展した……といった話は驚くほどよく聞きます。

悔いのない老後を過ごすためにも、老後にまとまったお金を使うときは、冷静な判断ができるよう、家族の意見を聞いたうえで決断することをおすすめします。

牧野 寿和

牧野FP事務所合同会社

代表社員