復職後、会社の“温情”が桑田さんに追い打ちをかける

医療費に加えて生活費の補填で更に蓄えを吐き出すことにもなった。「わたしは建設資材会社に勤めていまして、病気で休職するまでは営業を担当していました。退院後も2ヵ月間自宅静養してから復職したのですが、担当業務が変わりまして。これで月収も減ったわけです」

会社は体調をおもんぱかって、時間が不規則で長時間勤務になることもある営業から外し、工場の庶務課に異動となった。会社の温情には感謝しているが収入が減ったのは痛い。

「営業部にいたときは営業職手当が月に4万5,000円出ていたのですが、内勤に異動したのでこれがなくなったわけです。年間にしたら54万円でしょ、大きい金額だと思います」

年収は「85万円」の大幅減…住まいの維持費に四苦八苦

今いる部署はそう忙しくはなく、残業はほとんどない。そのうえ働き方改革で全社を挙げて労働時間を減らそうとしているので残業代をあてにすることはできない。

「会社の業績も芳しくなく、賞与の支給額も3期連続で減り続けていましてね。この冬も前年比減が決まっています。業績が良かったときと比べると年間で30万円ほどの減額になります。月給の減額分と合わせたら今年の年収は4年前から85万円の大減収です。頭がクラッとする」

特に心配なのは住まいの維持費。25年前に建売り住宅を買ったのだが、毎月のローン返済額と年間に課される固定資産税の合計が約80万円。住まいの維持費がほとんど消えることになるから一大事なのだ。「ボーナス時払いのお金を工面するために、また定期預金を解約しちゃいましたね」

住宅ローンはあと5年半残っている。これから先、ちゃんと払っていけるのか自信がない。たまにテレビニュースの中で取り上げられる住宅ローン破綻者のドキュメント映像を観ると、明日は我が身かと暗い気持ちになってしまう。

「これまでは妻のパート収入で助けられていたのですが、ケガをしてからの1年間は養生していたので収入はなし。改めて妻の頑張りが大きかったんだなと思い知らされました。妻は通院でのリハビリも終了し、今はほぼ元通りに戻ったのでまた働き口を探しているのですが、このコロナ禍ですから簡単には見つからないみたいです」

以前から奥さんはフルタイムの短期やパートタイムで就労していた。2月半ばから3月半ばまでは、派遣会社経由で確定申告の会場での案内や書類作成のアシストを、5月から10月一杯までは図書館サービス会社からあちこちの図書館に派遣され特別整理の補助、12月はデパートのギフトや正月用品の販売といった具合だ。

「年収にしたらほぼ100万円というレベルなんですが、これがあるのとないのでは確実に違う、特に精神的にもね。こんなことを言うと卑しいと思われるけど、お金は精神安定剤的な要素もあると実感しますよ」
 

増田 明利
ルポライター