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●年間700杯以上を食べ歩く“ラーメン官僚”こと田中一明氏が、日本全国のローカル・ラーメンの最新事情&行く価値のある名店をご紹介。今回は、古都・奈良県で2時間のみの営業ながら尋常ではない人気を誇る秘境店『ラーメン河』の魅力をお伝えします。
今回は、近畿地方6県のひとつ・奈良県のラーメンシーンをご紹介したい。本題に入る前に、皆さんは、近畿地方の“ラーメン処”と聞いて、どの府県を思い浮かべるだろうか?
「やっぱり、人口が圧倒的に多い大阪府で決まりでしょ!」と言う人もいれば、「いやいや、京都じゃない? 『天下一品』、『無鉄砲』、『新福菜館』、『ますたに』なんて全国的な知名度だし」と主張したい人もいるだろう。
答えとしては、どちらも正解。というより、大阪・京都だけではなく、近畿地方全体が“巨大なラーメン処”と言って良い。例えば、近畿屈指のラーメン激戦区・六甲道、西宮を擁する兵庫県、ご当地麺の代表格「和歌山ラーメン」が堪能できる和歌山県、『来来亭』などの有名全国チェーンを生み、ご当地麺「近江ちゃんぽん」発祥の地としても知られる滋賀県など、どの府県においても上質なラーメンが食べられる環境が整っている。
今回ご紹介する奈良県も例外ではない。同県は、主に「北西部」、「北東部」、「南東部」、「南西部」、「五條・北部吉野」の5エリアに分けられる。大きな特徴としては、約130万人の人口(2024年4月現在)の大部分が「北西部」に住んでいること。理由としては、「北西部」以外のエリアの大半が、高峻な紀伊山地に覆われているためだ。
事実、奈良県の市町村を人口が多い順に並べると、奈良市(約35万人)を筆頭に、橿原市、生駒市、大和郡山市、香芝市、天理市と続くが、そのすべてが「北西部」にあり、当然ながらラーメン店の大半もこのエリアに固まっている。さらに、この「北西部」は、近鉄やJRなどの鉄道路線網によって“大阪大都市圏”とシームレスにつながっているため、実は奈良には、大阪の優良店と互角以上にわたり合えるハイレベルなラーメン店が多い。
実力ラーメン店がひしめく近鉄奈良線・富雄駅
例えば、『ラーメン家みつ葉』、『アノラーメン製作所』、『麺屋あまのじゃく』、『つけ麺無心』などの実力店がひしめく富雄駅(近鉄奈良線)周辺は、奈良県内でも屈指のラーメン激戦区だが、富雄駅には、大阪難波駅(近鉄奈良線)から40分程度でアクセス可能。県境こそまたぐものの、“ご近所”的な距離感と言っていいだろう。
大阪・京都と縁が深い奈良のラーメンシーン
冒頭の地図を見れば一目瞭然だが、隣接する奈良県と大阪府・京都府のつながりは、ラーメンコンテンツ的にも密接だ。例えば、いま関西圏を席巻している「泡系白湯ラーメン」の存在を同エリアに知らしめた最大級の功労者は先に挙げた『ラーメン家みつ葉』だし、奈良市の『麺屋えぐち』のように、大阪で功成り名遂げた実力店が、新天地を奈良に求めるケースもある。
京都とのつながりで言えば、京都府南部に本店を構える「豚骨」の実力店『無鉄砲』は、『がむしゃら』、『しゃばとん』、『つけ麺無心』などその系列店の多くを奈良県に出店させている。ちなみに『ラーメン家みつ葉』の店主も、元は京都府南部の名店『俺のラーメンあっぱれ屋』で修業を重ねた人物だ。
まとめると、以下の2点が奈良県ラーメンシーンの大きな特徴で、これさえ押さえておけば大体はこと足りると思う。
【1】奈良県のラーメン店の大多数は「北西部」に集中。それも、尋常ではないほどの集中度合い
【2】隣県である大阪府、京都府のラーメンシーンとの関係が極めて密接
奈良公園の鹿
が、それ以外にも、奈良県のラーメンシーンを知るに当たり、押さえておいたほうが良いことが若干ある。
【3】奈良県には、天理市を中心に「天理ラーメン」というご当地麺が根付いている
【4】奈良県の人気上位店は、とにかく行列が凄まじい。場合によっては、2、3時間待ちもザラ
【3】の「天理ラーメン」を提供する代表格は、『彩華ラーメン』と『天理スタミナラーメン』だが、最近では、それ以外の奈良県内の実力店においても、「天理ラーメン」の要素を採り入れた1杯の提供を試みるケースが増えつつある。
【4】は、奈良県でラーメンの食べ歩きを行うに当たっての要注意事項だ。「ウマいラーメンを食べるためなら、時間を惜しまない」のが、私が経験から学習した奈良の人々の県民性。例えば、『ラーメン家みつ葉』、『麺処と市』、『ラーメン河』といった店舗で、彼らの深いラーメン愛を肌身で実感することができるだろう。
奈良県のラーメン店は優良店が多く、すべてのオススメ店を紹介することは、およそ不可能だ。なので、このコラムでは割り切って、「店舗密集エリアのみに目を向けていると見落としがちな店舗」と、「私が最近訪れた新規開業店舗」に対象を絞り込んでご紹介していきたい。奈良県を訪れた際に、ぜひ足を運んでいただければ嬉しい限りだ。
奈良県が誇る最強格の“秘境店” 『ラーメン河』とは?
吉野郡吉野町の緑深き山中に、ポツンと佇む名店がある。それが『ラーメン河』。奈良県のラーメン店の中でも指折りの、いわゆる“秘境店”だ。爽やかな水音を奏でながら流れる吉野川上流部を眼前に望む、およそラーメン店とは思えないほど風光明媚なロケーションが、訪問客を出迎える。
日本全国には、市街地から隔絶された場所にあり、公共交通機関でのアクセスが困難な場所に店舗を構える“秘境店”がいくつか存在する。例えば、東京都・奥多摩町の『のんきや』、大分県・佐伯市の『二代目ラーメンカヨ』、宮城県・蔵王町の『中華亭分店』、山口県・周防大島町の『たちばなや食堂』、千葉県・長南町の『らーめん八平』などが、私が知る典型的な秘境店だが、『ラーメン河』の“秘境度”は、ここで挙げた店舗と比べてもかなり高い。
近鉄吉野線・吉野駅より約5km。バスもあるが、クルマかバイクで訪れるのが確実
そんな世俗とは遠く離れた立地にありながら、『ラーメン河』は、奈良県屈指の超人気店としての顔も持ち合わせるのだから、驚きだ。営業時間は、朝の10時から、1日50杯用意する「ラーメン」が完売するまで。
公式の営業時間は12時までとなっているが、それはもはや名目と化している。特に土日は、10時の開店前に売り切れてしまうことも日常茶飯事。『ラーメン河』は記帳制を採用しており、記名が1日の提供杯数分に到達すると、自ずと「売り切れ終了」になってしまうのだ。私が同店を訪れた時も、午前7時半に記帳を済ませた時点ですでに10名もの記名があり、10時過ぎにお店を訪れた人は、ことごとく「営業終了宣告」を受けていた。
つまり、9時台、いや、他の客の来訪時間の上振れを考慮すれば、8時台には記帳台への記名を済ませておかなければ、『河』の1杯にありつける保証はないということだ。同店の席数は9席で、しかも、ラーメンの提供に一定の時間がかかることを考え合わせれば、8時台や9時台の記名では、1時間以上の待ち時間が発生することは確実。週末にスムーズにラーメンを食べるには、7時台での記名がマストだと言えるだろう。
店主が一人で切り盛りする。コロナ禍以降、同店は屋内のイートスペースを閉め、吉野川の渓流を眼下に望む屋外席のみを開放している
さて、2024年11月現在、同店が提供するのは、「ラーメン」と「まぐろ丼」の2品のみ。店主は、『ラーメン河』を開業する前、大阪府内で寿司屋を営んでいたという経歴の持ち主。その経験を活かして作られる、本格的な酢飯を用いた「まぐろ丼」も、飛ぶように売れる人気メニューだ。「まぐろ丼」の1日提供杯数は、「ラーメン」よりもさらに少ない。お客さんのほとんどは店主の経歴を予習済みで、「ラーメンまぐろ丼セット」を注文するため、「まぐろ丼」はあっという間に完売してしまう。
着席してから約10分。店主自らの手により眼前へと供される「ラーメン」は、秘境店のそれとは思えないほどハイレベルな塩ラーメンだ。
ラーメン
鶏ガラを軸に少量の豚足を加えることでコクを付与したスープは、トッピングの白菜のナチュラルな甘みがしっとり溶け出し、ひと口目から、鳥肌が立つほど上質なうま味が味覚中枢を強襲。塩ダレと動物系素材の風味が舌上で一体化し、より高次元なうま味を生む様も、この上なくドラマチックだ。もちろん、白菜、チャーシューなどのトッピングも手抜かりなし。それぞれに下味がしっかり施されており、最後まで、箸とレンゲを持つ手が止まることはない。
一方の名物「まぐろ丼」も、専門店顔負けの完成度を誇る逸品。フルポーションのようなボリューム感で、酢飯の上に店主自ら市場で仕入れたマグロの漬けが大量に搭載されている。
まぐろ丼[食楽web]
吉野川のせせらぎをBGMにしながら夢中になって食べ進めているうちに、気が付けば、ラーメンもまぐろ丼もペロリと平らげてしまっていた。
この内容の充実ぶりは、単なる“秘境店”のそれではない。“実”も兼ね備えた、奈良県最強格の実力店だ。
●SHOP INFO
店名:ラーメン河
住:奈良県吉野郡吉野町菜摘470
TEL:0746-32-8384
営:10:00〜12:00(売り切れ次第終了)
休:水・木
●著者プロフィール
田中一明
「フリークを超越した「超・ラーメンフリーク」として、自他ともに認める存在。ラーメンの探求をライフワークとし、新店の開拓、知られざる良店の発掘から、地元に根付いた実力店の紹介に至るまで、ラーメンの魅力を、多面的な角度から紹介。「アウトプットは、着実なインプットの土台があってこそ説得力を持つ」という信条から、年間700杯を超えるラーメンを、エリアを問わず実食。47都道府県のラーメン店を制覇し、現在は各市町村に根付く優良店を精力的に発掘中。