2020年6月1日のパワハラ防止法施行をはじめ、ハラスメント撲滅の取り組みが進む日本。しかし、精神障害の労災認定件数は年間800件を超え、5年連続で過去最高を更新するなど、世の中にはまだまだハラスメントが溢れている状況です。そのなかでも、最も多いのがパワハラだといわれています。ハラスメント対策の専門家である坂倉昇平氏の著書『大人のいじめ』(講談社)より、2人の事例を交えてみていきましょう。
トヨタや三菱…大手企業で起きた「職場いじめ」による自死
いじめ被害の深刻さを物語るのは、精神障害を発症する労災事件の多さである。大手企業の例を挙げると、最近でも2017年10月にトヨタ自動車で起きた若手社員の自死、2019年8月に三菱電機で起きた新入社員の自死が、ハラスメントが理由であるとして労災認定されている。
過去にも過労死や過労自死の争いが起きているトヨタ自動車だが、2017年に起きた若手社員(当時28歳)の自死は、その経緯が新聞などで次のように報じられている。
Aさんは2015年に同社に入社し、その1年後の2016年3月から、上司の暴言が始まった。日常的に「バカ、アホ」と言われ、「なめてんのか、やる気ないの」「こんな説明ができないなら死んだ方がいい」などと𠮟責された。
また、地方の大学を卒業して東京大学大学院に入学した経緯を持ち出され「学歴ロンダリングだからこんなこともわからないんや」とあげつらわれたという。さらに、個室に呼び出されて「俺の発言を録音していないだろうな。携帯電話を出せ」などと詰め寄られたこともあった。
Aさんは、同年7月に休職に追い込まれる。3ヵ月後、別の上司の下で復職するも、プレッシャーを感じると手が震えるようになっていた。
追い討ちをかけるように、翌年5月、暴言を吐いた元上司が、Aさんの近くの席に異動になった。Aさんは、「目線が気になるので席を替わりたい」「もう精神あかんわ」などと周囲に漏らしていたという。その後、両親に「会社ってゴミや、死んだ方がましや」、同期にも「自殺するかもしれない。ロープを買った」と連絡していた。
そして、10月にAさんは亡くなった。労災が認定されたのは、それから約2年後の2019年9月のことだった。
三菱電機で起きた、ハラスメントによる新入社員自死事件の経緯はこうだ。
2019年4月に三菱電機に入社したBさんは、7月に配属された先で、教育指導の担当者からハラスメントを受けるようになったという。Bさんのメモには、7月上旬に「次、同じ質問して答えられんかったら殺すからな」「お前が飛び降りるのにちょうどいい窓あるで、死んどいた方がいいんちゃう?」「(飛び降りたら)ドロドロ●●(Bさんの名字)ができるな」「自殺しろ」という教育担当者の発言が記されていた。
翌月、Bさんは公園で自死、前日に書かれたメモが残されていたという。2020年9月11日に労災申請が行われ、2021年2月に認定。異例なことに、労災認定に先行して、兵庫県警は教育担当者を自殺教唆の疑いで神戸地検に書類送検している(嫌疑不十分で不起訴処分)。
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いじめによる労災認定は11年で10倍に
厚労省の「過労死等の労災補償状況」を見ると、こうした職場いじめによる精神障害やそれによる自死が近年急増していることがわかる。
労災による精神疾患といえば、長時間労働による過労が原因とイメージされることが多いだろう。しかし、長時間労働がまったくなくても、上司や同僚から「(ひどい)嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた」などの心理的負荷の強度が高い出来事があれば、労災として認定される。
2020年5月29日からは、パワハラ防止法の施行に合わせて、このいじめに関する出来事の項目は、「上司等から、身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた」と「同僚等から、暴行又は(ひどい)いじめ・嫌がらせを受けた」の二つに分けられた。
実際に認定された労災のうち、この「いじめ・嫌がらせ・暴行」が精神障害を発症した一番の原因であると判断された件数は、調査が始まった2009年度は16件だったが、2020年度には170件と、11年で10倍に増えている(図表1)。自死した人数に注目すると、2009年度は1人だったが、2017年度には過去最多の12人が、いじめによる労災であると認定された。
坂倉昇平
ハラスメント対策専門家