マイナ保険証“賛否”以前の「違法・違憲の問題」とは? “1415人の医師・歯科医師”が国を訴えた「行政訴訟」が28日判決へ

厚生労働省の省令によって医療機関に「マイナ保険証」による「オンライン資格確認」が義務付けられたことに対し、東京保険医協会の医師・歯科医師ら1415人が原告となり、その義務がないことの確認を求めて国を訴えた裁判の判決が、11月28日に言い渡される。

マイナ保険証については医療現場から、エラーが多発し改善の見込みがないこと、利便性の低下による業務の停滞を招いていることなど、不安の声が上がっている。また、セキュリティ面の問題・課題が指摘、批判されている。しかし、本件訴訟で問題となった「法律上の問題」は、それら「利便性」「セキュリティ」以前の問題、あるいは「マイナ保険証への賛否」以前の問題といえる。

22日、判決を前に原告代表と弁護団が記者会見を行い、法的問題点の内容と、訴訟の経緯についての報告を行った。

「マイナ保険証自体への賛否」以前の「法的問題」に関する訴訟

本件訴訟で争点となっているのは、「療養担当規則」(厚生労働省令)が2023年4月から医療機関等に「オンライン資格確認」を義務づけていることである。

オンライン資格確認とは、医療機関や薬局で、マイナンバーカードのICチップの電子証明書により、オンラインで健康保険の被保険者の資格情報の確認ができることをさす。

オンライン資格確認を行うには「顔認証付きカードリーダー」の導入、レセコン・電子カルテ等の既存のシステムの改修、ネットワーク環境の整備等が必要となる。

そこで問題となるのが「憲法」「健康保険法」との「矛盾抵触」である。

わが国は「法の支配」「法治主義」を標榜している。それは国民の基本的人権を守るためであり、「マイナ保険証」自体への賛否にかかわらない問題といえる。

本件訴訟はその法的問題点を争うものの一つ。クリニック・病院等でマイナ保険証による「オンライン資格確認」を行う法的な義務が存在しないことの確認を求める「実質的当事者訴訟」である(行政事件訴訟法4条後段)。

オンライン資格確認の義務を「省令」で課すのは「違法・違憲」と主張

オンライン資格確認の義務付けの根拠規定とされる「療養担当規則」は、法律ではなく「省令」にすぎない。原告の主張は、これが憲法41条の「国会単独立法の原則」と、健康保険法70条1項に違反するのではないか、というものである。

国会が「唯一の立法機関」であることの意味は?(Obst/PIXTA)

憲法41条は「国会は(中略)唯一の立法機関である」と定めている。この「立法」の意味については、国民の人権の保障を強化する見地から、少なくとも「国民の権利を制限し、義務を課する法規範」が含まれることに争いはない。

つまり憲法41条は、最低限、「国民の権利を制限し、義務を課する」には、国民により選挙された代表機関である「国会」がきちんと審議・議決して定める「法律」を根拠としなければならないとする規定である。「法律による行政の原理」「法治主義」ともいわれる。

もちろん、すべての事項を法律で決めるのは現実的ではないので、法律によって下位規範である「政令」「省令」への「委任」は認められる場合がある。しかし、それには条件がある。

まず、「白紙委任」は許されず、程度は「相当程度、具体的」でなければならないとされている(

“>最高裁昭和49年(1974年)11月6日判決等参照)。

それに加え、委任された「政令」「省令」の側でも、ルールが「委任の範囲内」でなければならないという縛りがある。その判断要素は以下の通り整理される(最高裁平成25年(2013年)1月11日判決、「最高裁判例解説 民事篇 平成25年度」(P.20)(※))。

①授権規定の文理
②授権規定が下位法令に委任した趣旨
③授権法の趣旨・目的及び仕組みとの整合性
④委任命令によって制限される権利ないし利益の性質等
⑤委任する規定(授権規定)に「授権の趣旨が明確に読み取れること」

※判例解説を執筆した最高裁調査官(当時)は本件の裁判長である岡田幸人判事

本件訴訟では、上記の各論点について、詳細な議論が展開されたという。会見でも、それぞれについて詳細な説明が行われた。以下、その一部を紹介する。

「法律による委任」が“なされていない”

このうち、最も基準が明確なのは「①授権規定の文理」、つまり条文の文言上、「政令」「省令」といった下位規範にその事項について「委任している」と読み取れるか、である。

本件訴訟で、国側は「健康保険法70条1項」を委任の根拠規定だと主張している(以下、健康保険法は「法」と略記)。

しかし、これに対し、原告弁護団の二関辰郎(にのせき たつお)弁護士は、「法70条1項」は「療養担当規則」に対し、「健康保険加入者の資格確認の方法」について「相当程度、個別具体的な委任」をしていないと指摘する。

二関辰郎弁護士(11月22日 東京都内/弁護士JP編集部)

二関弁護士:「法70条1項は『保険医療機関または保険薬局は、(中略)厚生労働省令で定めることにより、療養の給付を担当しなければならない』と定めている。つまり、あくまでも『療養の給付』について厚生労働省令に委任する規定だ。

『療養の給付』の内容は法63条1項1号~5号が具体的に列挙している。これらはいずれも『医療行為』と解釈するほかはない。被告が主張する『資格確認』がそこに含まれていると解することはできない。

しかも、資格確認については別途、法63条3項が『“療養の給付”を受ける“患者”側の義務』として定めている。

そのような、明らかに趣旨の異なるものを『法70条1項』の委任規定の中に含めるのはおかしい」

健康保険法の「趣旨に反する」との指摘

次に、「③授権法の趣旨・目的及び仕組みとの整合性」については、「健康保険法」という法令全体の趣旨に違反していると指摘した。

すなわち、法1条には「疾病、負傷若しくは死亡又は出産に関して保険給付を行い、もって国民の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的とする」とある。そして、医療機関に対するオンライン資格確認の義務付けはこの「法の趣旨・目的」に反するという。

二関弁護士:「『療養の給付』について定めた法70条1項は、法1条が定めた『健康保険法の趣旨・目的』を前提としているので、積極的に医療サービスを提供するための規定と解するほかはない。

しかし、療養担当規則でオンライン資格確認の体制を備えることを義務付けると、それに対応できない医療機関が生じて、そもそも医療サービスの提供ができなくなってしまう場合も出てくる。それは法律の趣旨・目的に反する」

二関弁護士はそれに加えて、2019年の健康保険法改正時の国会審議のなかで、政府側が、一律に体制整備を義務付けることを予定していなかったと指摘した。

以下は、2022年4月26日の衆議院の総務委員会において、政府側参考人として出席した厚生労働省大臣官房審議官・榎本健太郎氏の答弁である。少し長くなるが引用する(出典:衆議院総務委員会議事録)。

「実際に体制整備を進めていただいております医療機関等におきましては、やはり医療機関等の種別あるいは規模、対象とする患者さん方の構成、あるいはそれまでのICT化の状況とか職員のITリテラシーなどによっても、実際に要する費用負担、あるいは導入に向けた課題といったものが、状況がかなり異なってございます」

「医療機関の現場の実情というのはやはり種々ございます。そういった中で、個別の状況を勘案せずに一律に体制整備を義務づけるということについては、なかなか関係者の理解、協力というのは得られにくいのではないかということでございます」

この答弁から、政府は、積極的な医療サービスの提供が困難となるケースがあることを考慮し、義務付けをするのではなく、あくまでも保険医療機関が任意に採用することを期待していたことがうかがわれる。

二関弁護士は、このことを前提とする限り、2022年に閣議決定で「療養担当規則」の改正を決めてしまったことは、国会での審議内容にも反していると指摘した。

会見ではこれらの他にも、それぞれの論点について、二関弁護士から詳細な説明が行われた。訴訟資料等の詳細については東京保険医協会ウェブサイトで確認できる。

国民には「マイナ保険証」を強制される義務はない

二関弁護士は、一部メディアの報道での表現方法が、あたかも国民にマイナ保険証の使用義務が生じるかのような誤解を招くとも指摘した。

二関弁護士:「たとえば、『現行の健康保険証を12月で廃止してマイナンバーカードに保険証機能を持たせたマイナ保険証に一本化する政府方針』といった表現がある。

これは、マイナ保険証への一本化が既定路線で、それ以外の選択肢がないかのような印象を抱かせるので、ミスリーディングだ。

マイナンバー法はマイナンバーの取得を任意としており、個人がマイナンバーの発行申請を求めないことは法律上保障されている。

健康保険証の新規発行はなされないが、代わりに資格確認書が発行されるので、マイナ保険証以外による資格確認を受ける方法は引き続き存続する」

「補助金」「診療報酬等の加点」等では賄いきれない損失も

国側は、医療機関の負担が重くなるケースについては、適用除外規定や経過措置等を設けたり、財政支援としての補助等の各種施策を講じたりしていると主張している。また、マイナ保険証の利用率が高い医療機関に対する診療報酬・調剤報酬の「加点」の制度も設けられている。

しかし、東京保険医協会理事で原告事務局長の佐藤一樹医師は、それらでは賄いきれない出費が、特に個人経営の診療所、歯科医院等の経営を圧迫している実態があると指摘する。

佐藤一樹医師(11月22日 東京都内/弁護士JP編集部)

佐藤医師:「たとえば、地方の歯科医院は、仕事のほとんどが『虫歯』の治療や高齢者の『入れ歯』といった保険診療なので、診療報酬が月々30万円~40万円で細々と経営しているところが多い。

そういった歯科医院では、オンライン資格確認のための顔認証付きカードリーダーそのものは補助金で購入できたとしても、そのための回線を引くお金、ランニングコスト、保守料といった費用を捻出することさえ難しい。

また、そのために新しく事務員を雇う必要も出てきて、これでは経営が立ち行かないと診療所を廃業した歯科医師もいると聞いている」

一方、マイナ保険証の利用率を高めれば診療報酬等の加点が得られるので、それで賄えるのではないかという意見もあるが。

佐藤医師:「マイナンバーカードの取得はあくまでも任意なので、医療機関の方からマイナ保険証の利用を呼び掛けるにも限界がある。

オンライン資格確認の利用率は、9月末時点で全体でも13.87%程度にとどまっている。大病院等では利用率が高くなっている。しかし、診療所レベルだと高いところでも5%前後にとどまっている。この状況で、患者さんにマイナ保険証をたくさん使ってもらうことによって加点を受けようとしても、現実的にはきわめて難しいのではないか」

12月以降、他の「法的問題点」について訴訟提起がされる事態も?

本件訴訟で争点となった「憲法41条・健康保険法70条違反」の問題は、実は、法的問題点として指摘されていることの「一つ」にすぎない。

弁護士や学界からはこの他にも、地方自治の侵害(憲法92条~95条参照)、必要な医療サービスを速やかに受ける「医療アクセス権」の侵害(憲法13条、25条参照)、情報プライバシー権・自己情報コントロール権の侵害(憲法13条参照)等の問題が指摘されている。

現時点で、それらの法的問題点について「訴訟」が提起されていない理由は、国民が訴訟を提起できるのは、原則として、自分自身の権利が制限・侵害され、または義務を課された場合に限られるからにすぎない。

国会議員の中にも、与野党問わず、慎重な姿勢を見せる議員が少なくない。現に石破首相も、自民党総裁選挙の時点では「一本化方針の見直し」に言及していた(首相就任後に一転「堅持」に転じた)。これは、法的観点から様々な問題を抱えていることとも無関係ではない。

もし、実際に政府が12月から「マイナ保険証への一本化」を強行した場合、上述の法的問題が、訴訟として顕在化する可能性が懸念される。そのことは、政府にとっても決して望ましいことではないだろう。

本件訴訟の判決は11月28日に言い渡される。どのような判断が下されるのか、注目される。