「冤罪のリスクも…」警察が弁護士に“被疑者との接見”で「スマホ使用」を禁止 “他人ごと”ではない「接見交通権・秘密交通権侵害」見逃されがちな問題

今年9月、山梨県警日下部警察署で、過失運転致死傷罪の容疑で逮捕・勾留されていた被疑者との初回の接見に訪れた弁護士が、接見室でのスマートフォンの使用禁止を通告されていたことがわかった。

本件でスマートフォンの使用を禁止された福原啓介弁護士は、弁護士JP編集部の取材に対し、「これまで、他の警察署で接見室での接見時にスマートフォンの使用を禁止されたことはなかった」と述べる。その上で「本件の警察の措置は被疑者と弁護人との間の『接見交通権』及び『秘密交通権』を侵害するものであり、憲法・刑事訴訟法上、問題がある措置だ」と指摘する。

被疑者との接見で、弁護士のスマートフォンが果たす“役割”

接見交通権は、被疑者が弁護士と立会人なく接見し、書類・物の授受を行う権利である(刑事訴訟法39条1項)。また、刑事事件の被疑者に認められた『弁護人依頼権』(憲法34条後段、刑事訴訟法30条1項)を実質的に保障するものとされる。

福原弁護士は、現代の刑事弁護において、被疑者との接見の際に弁護士がスマートフォンを使用することの重要性を説明する。

福原弁護士:スマートフォンがあれば、被疑者の話を聞き、その場で速やかに事実確認を行うのに役立ちます。

特に、本件の被疑事実は交通事故に関係するものだったので、事故現場の状況をストリートビューで確認する必要がありました。また、被疑者が外国人だったので、分からない言葉をスマートフォンで調べなくてはなりませんでした。

さらに、最近の弁護士は、法令や判例等をインターネットや判例検索システムで確認することも多くなってきましたので、そのためにも、スマートフォン等インターネットにつながる電子機器は必要不可欠です。

スマートフォンの使用が認められないことにより、被疑者の防御活動等に関するアドバイスが難しくなるほか、弁護方針の決定にも支障をきたしてしまいます。

加えて、スケジュール管理をスマートフォン等によってオンラインで行っている場合には、スマートフォンがなければ、次回の接見を設定するためのスケジュール確認ができません」

【図表1】被疑者と弁護士との接見交通にスマートフォン使用は必要・有効

「早期の釈放」実現のためスマートフォン活用の必要性

その他にも、被疑者・被告人の早期釈放をめざすため、接見室での接見において、弁護人が自身の事務をサポートするパラリーガル、事務員と連絡をとることが認められるべき場合も想定されるという。

福原弁護士:「たとえば、身柄拘束に対する異議申し立ての手段である『準抗告』の手続きの書類を迅速に作成する、身元引受書を事前に用意して印刷しておいてもらう、などのためです。

特に被疑者段階の刑事弁護を行う際は、弁護人は一日も早く被疑者を釈放に導くために、『準抗告申立書』等の書面のみならず、その書面の内容を裏付けるための『身元引受書』や、勤務先の方の『陳述書』等の添付資料が必要です。

弁護人は、それらの書面を限られた時間の中で作成または収集しなければならず『時間との戦い』をしています。

これらの作業の事前準備を、弁護士の事務をサポートするパラリーガルや事務員にお願いすることは、被疑者・被告人の早期釈放を目指す際の時間短縮との関係でも、非常に重要です。

したがって、接見中の段階においても法律事務をサポートする方々に連絡する手段を整える必要性は大いにあります。そのために、スマートフォンの使用は不可欠といっても過言ではありません。接見交通権および弁護人選任権の実効性を高めるという意味で、接見交通の一環として認められるべきです」

接見交通権が実を挙げるには、弁護士が、限られた接見時間のなかで被疑者・被告人と十分にコミュニケーションをとり、必要かつ有効なアドバイスを最大限に行う必要がある。

そして、その際、外部からいち早く情報を得る、パラリーガル等と連絡をとり手続きがスムーズに進むように努めるなど、被疑者と弁護人との接見交通を充実させるために、スマートフォンが欠かせないツールになっていることは否定できないだろう。

特に、日本の刑事司法では自白を得るために長期の身柄拘束を行う「人質司法」の問題や、冤罪や違法取調べの問題が指摘されてきている。被疑者段階での接見交通権を充実させることは、司法官憲による人権侵害を防ぐ要請から急務といえる。その観点からも、接見時に弁護士がスマートフォン等の電子機器を利用できる重要性が増していると考えることもできるだろう。

本件での「証拠隠滅のおそれ」は“なかった”?

とはいえ、接見交通権は法律上、無制約ではない。刑事施設の長(本件では警察署長)は、被疑者の逃亡、罪証の隠滅等を防ぐため必要な措置を定めることができる(刑事訴訟法39条2項)。また、刑事施設の規律、秩序の維持、その他管理運営上「必要な制限」をすることができる(刑事収容施設法118条)。

特に、スマートフォンは外部との連絡が可能であり、弁護士との接見交通の範囲を超え、証拠隠滅の指示等が行われる危険性が考えられる。本件でも、その趣旨でスマートフォンの使用が制限されたのではないか。

福原弁護士は「被疑事実の内容によって結論が変わるべきではないが」と断ったうえで、「少なくとも、本件では証拠隠滅のリスクはほぼなく、接見制限を行う必要性はなかった」と述べる。

福原弁護士:「本件は交通事故です。客観的な証拠は現場ですべて警察官により押さえられているうえ、共犯者もいません。また、被疑者も被疑事実の概要を認めていました。さらに、被害者と接触することも考えられませんでした。

この状況で、外部と連絡して証拠隠滅を依頼・指示するなど、考えられないことです。

他方で、交通事故の場合は現場の状況を地図で確認する必要性があります。また、本件の被疑者は外国人なので、時々、言葉が分からないことがあり、調べなければなりませんでした。スマートフォンを使えないと、困ることが多いのです」

接見交通権は、いざというときに身を守る不可欠な人権

福原弁護士が強調する「接見交通権」は、日常生活ではあまり馴染みのない言葉だが、われわれ一般市民にとってどのような意義をもつのか。

福原弁護士は、「万が一、自分が突然、逮捕・勾留されたらどうなるか、想像してほしい」と述べ、接見交通権が「人身の自由を守るうえで不可欠な権利」だと説明する。

福原弁護士:「逮捕・勾留は、最も基本的な人権である『人身の自由』(憲法31条参照)が制限された状態です。 いきなり施設に閉じ込められ、取り調べが始まり、よく分からないことを言われ、調書をとられます。

普通の人は、刑事手続きに関する法制度をほとんど知りません。また取調べが違法なものかどうか等も判断できません。『黙秘権』という言葉は知っているかもしれませんが、本当に黙っていたら不利にはたらくのではないか、などと思ってしまいます。大変心細い状況です。

その状況で被疑者・被告人が捜査官と対峙するのに、頼りになるのは弁護人しかいません。

だからこそ、接見交通権は、捜査官の立ち合いなくして弁護人とコミュニケーションをとるための最低限の手段として、憲法・刑事訴訟法で保障されています」

刑事訴訟法1条は「刑事事件につき、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現することを目的とする」と定めている。

福原弁護士:「刑事手続において、被疑者・被告人と捜査機関とが対等な立場でなければ、刑事訴訟法の『目的』を実現することはできません。また、日本国憲法が定める『基本的人権』を守ることや『適正手続』を維持することもできません。

そのような意味でも、被疑者・被告人にとって、刑事手続に詳しい弁護士を弁護人として選任し、必要な助言や援助を得ることは、捜査機関と対等に対峙するために非常に重要です」

最高裁も、特に、身柄拘束された被疑者が初めて弁護士と接見する場合について、可能な限り早期に初回の弁護士との接見交通を認めなければならないと判示し(平成11年(1999年)3月24日判決平成12年(2000年)6月13日判決参照)、重要視している。

接見交通権は「冤罪防止」のためにも重要

福原弁護士はまた、日本の刑事司法における実務の運用の実態からしても、接見交通権は、一般国民の人身の自由を守り、冤罪や違法捜査を抑止するうえできわめて大きな意義をもつという。

福原弁護士:「現状の運用は、『犯罪の嫌疑』があれば逮捕・勾留を認めてしまう傾向が強いといわざるを得ません。逮捕・勾留に必要な『令状』を発付する裁判官・裁判所も、罪証隠滅・逃亡のおそれが軽微であっても逮捕・勾留を認める傾向があります。

被疑者段階で、最大23日間、身体拘束されてもしょうがないだろうという運用が行われていると評価せざるを得ません。

さらに、『袴田事件』等の冤罪が事実として発生してきているのに加え、最近でも違法な取調べが次々と明るみになっています。私自身も、刑事弁護を多数担当していますが、その際に捜査機関に対して違法な取り調べを行わないよう要請した経験はあります。

その点からも、過酷な状態にある被疑者・被告人と、弁護人との間の接見交通権は絶対的に保障されるべきなのです」

根絶されていない“違法な取調べ”

福原弁護士は、「違法な取調べ」の典型的なものとして、「被疑者と弁護人との信頼関係を破壊するような言動」が挙げられるという。

福原弁護士:「取調官が被疑者・被告人に対し、弁護士が被疑者・被告人に行ったアドバイスの内容を否定するようなことを吹き込もうとするケースがみられました。

特に挙げられる例といえば、『黙秘権の行使を妨害する取調べ』です。

被疑者・被告人が被疑事実を否認している場合、たいていの弁護人は、完全黙秘をアドバイスすることが多くなっています。

その場合に、取調べ担当官がたとえば、『弁護士はそう言っているかもしれないが、あなたのことはあなた自身できちんと考えて話した方がいい』『その弁護士はあなたのために言っているわけじゃない』『あなたがずっと黙っていたとしても、結局罪は罪だ』などということがあります。

そのような取り調べを受け終えた被疑者・被告人は、弁護人に対し『どっちの話が正しいんですか』と疑問を抱く場面も想定されます。

そういう場合に、弁護人が『私こそがあなたの味方です』と明確に示さなければ、被疑者・被告人が捜査官のペースに飲み込まれてしまうリスクがあります。

しかも、弁護人は収容施設の中で何が起きているのかわかりません。起訴前の段階では捜査資料等がまったく開示されないうえ、逮捕・勾留下で弁護人が取調べに同席することもほとんど認められていません。

こういったことを考慮すれば、弁護人が接見交通の際に事実確認、スケジュール調整等の被疑者・被告人と弁護人との間の円滑なコミュニケーションの実効性を高めるためにスマートフォンを使用することも、接見交通に必要不可欠な行為として保障されるべきです」

弁護人が被疑者の証拠隠滅行為に加担した「ルフィ事件」との違いは?

とはいえ、スマートフォンを持ち込むことによって、被疑者と外部の者との連絡が可能となり、証拠隠滅の恐れがあることは否定できない。

記憶に新しいのが「ルフィ事件」である。フィリピンから特殊詐欺事件を指示したとして窃盗容疑で逮捕された被疑者が警視庁原宿警察署に勾留中、接見に訪れた弁護士が、携帯電話を通じ、被疑者と、外部の特殊詐欺グループ関係者とみられる者とをビデオ通話させていたことが発覚した。弁護士が証拠隠滅行為に加担していたことになる。

本件のような、証拠隠滅のおそれが乏しいケースはともかく、一般論としては、証拠隠滅のおそれがある場合にスマートフォンの持込を制限することも「必要な措置」(刑事訴訟法39条2項)として認めるべきではないかとも思える。

この点について、福原弁護士は、ルフィ事件のケースは「被疑者・被告人と弁護人との接見交通権とは本質的に異なる問題」「法解釈上、弁護人のスマートフォン使用を禁止することは可能だったことに注意を要する」と指摘する。

福原弁護士:「被疑者・被告人と弁護人との接見交通権・秘密交通権は、被疑者・被告人の人権・防御の利益を守るための最低限の権利であり、憲法上保障されている『弁護人依頼権』(憲法34条後段、憲法37条)の実効性を高めるべきものです。したがって、基本的に制約されるべきではありません。

これに対し、ルフィ事件のようなケースは本質的に異なり、被疑者・被告人と『弁護人以外の者』との外部交通の問題と考えるべきです。

弁護人以外との接見交通・外部交通は、法律上、逃亡や罪証隠滅を疑うに足りる相当な理由があるときは認められません(刑事訴訟法81条、刑事収容施設法115条但書参照)。

ルフィ事件では、『罪証隠滅のおそれ』があることを理由に、弁護人以外との接見禁止決定がなされていました(刑事訴訟法81条)。

その状況下で、弁護人が被疑者・被告人と接見の際にスマートフォンを用いて外部者との連絡を直接仲介し、証拠隠滅の指示を出すような行為は、違法な外部交通にあたり、それに弁護人が加担したと捉えるべきものです(【図表2】参照)。

ルフィ事件では、犯人グループがフィリピンの入国管理局の収容所から外部へ携帯電話で指示を出していました。

その特殊性にかんがみ、あくまでも『共犯者等との連絡による罪証隠滅を防ぐ手段』として、弁護人のスマートフォン使用を禁じる措置も、刑事訴訟法39条2項や刑事収容施設法等現行法規に則って適切に行われてしかるべき場面だったと考えられます」

【図表2】被疑者と弁護士との接見交通で想定されるスマホ使用と、ルフィ事件との違い

弁護士の違法行為への「制裁」

もしも、弁護士が被疑者・被告人による違法な外部交通に加担した場合には、どのようなペナルティーがあるのか。

福原弁護士:「弁護士は、そもそも職務倫理上、被疑者・被告人の罪証隠滅等違法行為に加担することを許されていません。

仮に本件のように弁護人が証拠隠滅等に加担してしまった場合は、弁護士に対する証拠隠滅罪(刑法104条)等による処罰や、所属弁護士会からの懲戒処分(除名等)の制度があります。

これらの処分があることによって、同様の違法行為への加担を事前に抑止することにもつながると考えられます(※)」

※ ルフィ事件では、弁護士は証拠隠滅罪で書類送検され(のちに不起訴)、所属の広島弁護士会から除名の懲戒処分が行われた。

一般人にとっても「明日はわが身」

冤罪や違法捜査の報道があとを絶たないなか、誰しも、ある日、身に覚えのない罪で逮捕・勾留される可能性は否定できない。また、本件の被疑者のように罪を犯す意図がなくても「過失犯」に問われる可能性もある。さらに、仮に故意犯だったとしても、知らない間に「違法な取調べ」を甘受させられることがあってはならないだろう。

被疑者・被告人が対等に捜査機関と対峙できるようにするためにも、可能な限り初回接見の段階で、弁護士は、被疑者・被告人に黙秘権等の権利を十分に説明して防御の利益を確保し、事実確認等を速やかに行い、早期の身柄解放を実現するために尽力しなければならない立場にある。その際にスマートフォンが果たす機能と必要性を、決して軽視すべきではないと考えられる。