弟からの衝撃の一言

由美さんは、長年母と一緒に実家に住んでいたため、遺産分割後も実家に住み続けるものだと漠然と考えており、誠さんも同じように考えてくれていると信じていました。しかし、預貯金の調査を終えた由美さんを待っていたのは、「家は売却して現金化するべきだ」との一言でした。

さらに誠さんは「部屋の片づけ費用は、同居していた姉貴が負担すべきだ」「母の荷物のなかには、高く売れるものもあるはずだから、それは売却して二人で分けるべきだ」との追い打ちをかけてきました。

由美さんは、目の前が真っ暗になり、再び弁護士に相談しました。

弁護士に相談したところ、部屋の片づけ費用や、あるか分からない「高く売れるもの」については戦う余地があるが、遺言書がない以上、法定相続分を基準に遺産を分けるしかなく、自宅を取得するためには、代償金を支払う必要があるとの説明を受けました。

由美さんは、誠さんと支払うべき代償金の額を話し合いましたが、誠さんが提示してきた代償金は到底支払うことができるような金額ではありませんでした。由美さんは、もっと部屋の状態やこれまでの労力を踏まえて代償金の額を考えてほしい、との思いのたけを誠さんに伝えました。

しかし、由美さんの思いは誠さんには届かず、誠さんから遺産分割調停の申立てを受けることになってしまいました。由美さんは、慌てて弁護士に依頼して、遺産分割調停に出席しました。

話し合いの末、支払うべき代償金のおおよその金額は見えてきましたが、その代償金を支払うためには、取得すべき聡子さんの預貯金の大部分を誠さんに渡す必要がありました。由美さんは、今後の生活を見据えて、部屋の片づけ費用は折半にすることを条件に、実家を第三者に売却することに応じました。

その結果、由美さんは、聡子さんと長年暮らしてきた自宅を手放し、賃貸マンションに引っ越さざるをえなくなりました。また、汚部屋を片付けるにあたり、誠さんから、着物や指輪の一部を渡すよう様々な注文を受けました。

由美さんは、我慢に我慢を重ねて、誠さんからの注文に対応しましたが、誠さんがあると想定していた指輪が見つからなかったため、「部屋の片づけと称して、勝手に価値ある財産をもっていったのではないか」といわれのない誹謗を受けてしまいました。

その結果、姉弟の関係は修復不能なまでに悪化してしまい、相続の一連の手続が終わってからは、連絡をとることもなくなってしまいました。

(広告の後にも続きます)

弁護士からのアドバイス

由美さんは、聡子さんと一緒に居住し、仕事をしながら部屋の片づけを行い、遺産調査に尽力しましたが、最終的には自宅を失い、弟との絆も壊れてしまいました。

では、聡子さんがどのような遺言書を残していれば、由美さんは悲劇に巻き込まれずに済んだのでしょうか。

今回の件での大きな問題は、以下の3つがありました。

①由美さんに不動産を残すという遺言書を作成しなかった。

②聡子さんの預貯金がどこにあるかわからなかった。

③価値のあるものないものが汚部屋にあふれ、対処が難しかった。

①を解決するためには、「○○の不動産は、長女由美に相続させる」という内容の遺言書を作成する必要がありました。このような遺言書があれば、不動産の評価額が由美さんの法定相続分を超えていたとしても、誠さんに代償金を支払う必要はありませんでした。

②を解決するためには、遺言書に「◆◆銀行の口座(口座番号××)の預貯金は、長女由美と長男誠に2分の1ずつ相続させる」のように遺言書の本文に口座情報を記載する、又は別紙として財産一覧表を添付する必要性がありました。

③を解決するためには、「その余の財産は、長女由美に相続させる」という、包括的な文言の記載をする必要性がありました。このような記載があれば、由美さんは、汚部屋にあった色々な品を単独で取得することができましたので、自由に処分することができました。

遺言書がない場合、残された相続人は思わぬ悲劇に見舞われる可能性があります。遺言書の作成は、ご自身の意思を明確に伝え、相続手続きを円滑に進めるうえで必要不可欠です。

もっとも、作成する内容によっては、法的な専門知識が必要となりますので、弁護士等の専門家のサポートを得ることで、ご自身の意向が反映された遺言書を作成することができます。

三浦 裕和

弁護士