ソニーがKADOKAWA買収に動く「2つの理由」。KADOKAWAとしても「ソニーを迎え入れる」のは悪くない選択肢か

 中小企業コンサルタントの不破聡と申します。大企業から中小企業まで幅広く経営支援を行った経験を活かし、「有名企業の知られざる一面」を掘り下げてお伝えしていきます。

 KADOKAWAが11月20日、ソニーグループから取得に係る初期的意向表明を受領していると発表しました。意向表明書は買い手が売り手に対してM&Aの意思を伝えるもの。交渉の初期段階に入ることを示しています。

 両社にとってこのM&Aのメリットはどこにあるのでしょうか。

◆ソニーがKADOKAWAを買収するメリットは?

 ソニーがKADOKAWAを買収するメリットは大きく2つあると考えられます。1つは人気IPの取得。もう1つがゲーム事業への貢献です。

 ソニーは2024年度経営方針説明会にて、IP価値最大化に向けた取り組みを強調していました。

 ソニー・ミュージックエンタテインメント傘下のアニプレックスが東宝と共同配給した「劇場版 鬼滅の刃 無限列車編」は興行収入400億円を突破して歴代最高を樹立。一躍アニプレックスに世間の注目が集まりました。

 2021年8月にはクランチロールというアメリカのアニメ配信大手を1300億円で買収しています。クランチロールは日本のアニメーションに特化しており、有料会員数は1500万人。

 ソニーは「鬼滅の刃」のほかにも「魔法少女まどか☆マギカ」、「ソードアート・オンライン」、「Fate」などのアニメ化を手がけており、この買収によって人気IPを海外のファンに届けるインフラまでをも抑えたのです。

◆KADOKAWAの魅力は「IPを創出する仕組みが構築されている」

 テレビアニメ「【推しの子】」が話題作になった要因の一つに、YOASOBIの楽曲である「アイドル」のヒットがあります。YOASOBIの所属はソニーミュージック。アニメ「マッシュル-MASHLE-」や「ダンダダン」のオープニング曲を手掛けたCreepy Nutsも同じです。楽曲とアニメのヒットは両軸とも言えるものになりました。

 ソニーはIPをヒット作に押し上げる潜在性やインフラを持っているものの、IPそのものを創出する力はあまり強くありません。一方、KADOKAWAは膨大な数のライトノベルやコミックのレーベルを持ち、IPを創出する仕組みそのものが構築されています。

 2024年に放送された夏アニメで、dアニメの人気投票(「今期何見てる?2024夏アニメ人気投票」)の1位にランクインした「時々ボソッとロシア語でデレる隣のアーリャさん」、7位の「義妹生活」などはKADOKAWAの出版物が原作。すでに「この素晴らしい世界に祝福を!」、「ソードアート・オンライン」などの有力なIPも保有していることを考えると、正にIPの宝庫ともいうべき会社。ソニーがIPビジネスの川上であるKADOKAWAの買収を企図するのも頷ける話です。

◆ゲームスタジオ買収も苦戦が続いており…

 ソニーは2022年5月の経営方針説明会で、ライブサービスゲームを2025年度までに10タイトル以上展開する方針を示しました。ライブサービスゲームは、従来のように構築された世界でやがて終わりを迎える売り切り型ではなく、プレーヤーと長期的な関係を築くもの。「フォートナイト」や「エイペックスレジェンズ」などの成功で知られています。

 このタイプは一度リリースすると、課金によって長期的な収益に期待することができます。ソニーは10タイトル以上の展開という目標を達成するため、ゲーム会社の買収を加速しました。よく知られるのが「デスティニー」を開発したバンジーの買収。買収額は5000億円を超えています。同年にはヘイブン・エンターテインメント・スタジオ、2023年にはファイアウオーク・スタジオを買収しています。

 しかし、必ずしもうまくいっていません。

 ファイアウオークが開発したゲーム「コンコード」は、8月24日にリリースしたものの9月6日にサービスを中止しています。開発には8年もの歳月をかけていました。

 ソニーは決算説明会にて、ユーザーテストや社内評価をもう少し早い段階で検証を重ねるべきだったとコメントしています。ファイアウオークは閉鎖が決定しました。

 バンジーも苦戦中。2024年8月に全従業員の17%にあたる220人の人員削減を発表しました。同社は昨年にもリストラを断行しています。新作「マラソン」の開発に取り組んでいますが、具体的な発売時期には言及していません。

◆プレイステーションというドル箱を持っているからこそ…

 ソニーは今期、「ヘルダイバー2」という大ヒットタイトルが誕生したものの、戦略的に買収を繰り返してきた成果としては、決して大きなものとは言えないでしょう。

 

 KADOKAWAの連結子会社にフロム・ソフトウェアがあります。この会社が開発した「エルデンリング」は世界で2500万本を超える大ヒットを飛ばしました。それ以外にも「アーマード・コア」などの人気シリーズを抱えています。

 フロム・ソフトウェアはライブサービスゲームに強みを持つ会社ではありません。しかし、プレイステーションというドル箱を持つソニーにとって、数々のヒットシリーズを抱える会社を傘下に置く意味合いは大きいでしょう。

◆ソニーを迎え入れるのは、悪くない選択肢?

 ソニーにとってはメリットの大きいものになりますが、KADOKAWAはどうでしょうか。KADOKAWAは安定株主を迎え入れられるという、最大のメリットがあるでしょう。

 KADOKAWAの筆頭株主はコリア・セキュリティーズ・デポジトリー・サムスン。2024年9月末時点で10.86%を保有しています。この会社はカカオ系のファンドだと見られています。2022年11月に提出された大量保有報告書にて、カカオとカカオインベストメントはKADOKAWAの株式8.87%を保有していることが明らかになっています。

 カカオのピッコマでは、KADOKAWAの作品を配信しており、両社は取引関係があります。2020年8月にカカオが提出した大量保有報告書では、保有目的として「長期的な協力関係を築くことを望んでいる」と記載しています。

 KADOKAWAには安定株主が少なく、カカオが買い進めることで影響力が増す可能性があります。配信プラットフォームや周辺事業だけでなく、自社のコンテンツ力を高めたいと考えるのは、ソニーもカカオも同じでしょう。

 KADOKAWAは出版社の中でも、上場している珍しい会社。しかも安定株主が存在しないために、買収の標的になりやすいのです。KADOKAWAの独立性やソニーとの共同歩調がうまく取れるのであれば、安定株主としてソニーを迎え入れることは選択肢の一つになるのではないでしょうか。

<TEXT/不破聡>

【不破聡】

フリーライター。大企業から中小企業まで幅広く経営支援を行った経験を活かし、経済や金融に関連する記事を執筆中。得意領域は外食、ホテル、映画・ゲームなどエンターテインメント業界