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ロシアルーブルが対ドルで大幅下落し、2022年のウクライナ侵略直後以来の安値圏に突入した。トランプ氏のアメリカ大統領再選による原油の先安観と、アメリカの金融制裁が背景にある。輸入品価格の上昇でインフレが加速し、年率8.5%という高いインフレ率がロシア市民の生活を直撃している。
◆相次ぐバターの窃盗・転売事件
米CNBCニュースは、ロシアの深刻な物価高騰の実態を報じている。価格高騰の深刻さを象徴する出来事として、バターの窃盗事件が相次いでいる。
ウラル山脈東部の主要都市であるエカテリンブルグ市では、食料品店から20キロものバターが盗まれる事件が発生した。一般的な200グラム入りのバターは現在、約200ルーブル(約270円)で、2022年12月から30%値上がりしている。
モスクワ・タイムズ紙は、ロシアでバターの価格高騰に伴い、スーパーマーケットでの窃盗事件が相次いでいると報じている。10月29日、モスクワ北部レニングラーズコエ通りにあるピャチョールチカ店では、2人組の男が25個のバターを窃盗しようとして店員に暴行を加え、ナイフで脅して逃走を図る事件が発生した。
窃盗グループは個人で消費するためではなく転売目的でバターを狙っており、盗んだ商品を地下鉄構内の売店や専用のSNSで販売しているという。最大手小売チェーンの一つであるピャチョールチカは対策として、通常はキャビアや高級ウイスキーにのみ使用する盗難防止ケースをバターにも取りつけている。
◆ジャカイモは74%の値上がり
ほか、食料品一般に価格上昇が顕著だ。乳製品、ひまわり油、野菜などの価格が上昇を続けており、ジャガイモは天候不良もあり昨年12月と比較して74%も値上がりしている(ロイター)。たまごも供給不足だ。
モスクワの市民はCNBCに対し、「基本的な食料品の価格は過去3年間上昇し続けている。状況は日に日に悪化しており、特に今年は加速している。食料品の種類にもよるが、年間10%から40%の値上がりだ」と家計への打撃を語る。
追い打ちをかけるのがルーブル安だ。モスクワ・タイムズは、ルーブル相場が1年ぶりの安値を更新し、一般国民の購買力が大幅に低下していると指摘する。
ロシア中央銀行のエルヴィラ・ナビウリナ総裁は、インフレ抑制のため「抜本的な」政策変更が必要だとして、政策金利を過去20年で最高となる21%まで引き上げた。しかし、ウクライナ侵攻による戦費拡大と欧米による経済制裁の影響で、ルーブル相場は金利政策に反応しなくなっており、高金利政策をもってしても通貨の安定化には至っていない。
◆すべてはウクライナ戦争から始まった
高いインフレ率を招いた要因として、戦時経済による構造的な問題が挙げられる。カーネギー・ロシア・ユーラシアセンターで研究員を務めるアレクサンドラ・プロコペンコ氏は、米CNNの取材に対し、「この物価上昇は戦争が原因です。経済における需要が、非生産的な支出に歪められています。雇用主は労働力を確保するため、賃金を上げる必要に迫られているのです」と指摘する。
深刻な人手不足も、インフレを加速させる要因となっている。プーチン大統領は最近の演説で、失業率が2.4%という「事実上の完全雇用」状態にあり、経済全体で約100万人の新規労働者が必要だと述べた。人手不足が賃金の急上昇を引き起こし、それがさらなる物価上昇につながる悪循環を生んでいる。
軍事産業と非軍事部門の企業のあいだで人材の奪い合いが生じ、そのしわ寄せが物価上昇の形で市民生活に暗い影を落としている。