「しんどい…」32歳男が幻滅した、付き合いたての彼女からのLINEとは

◆前回までのあらすじ

アパレル関連の会社を経営する翔馬(32)は、モテるが本気で恋愛をしたことがない。食事会で出会った香澄(31)に懇願され付き合うことになった、しかし、彼女が、金目当てで自分に近づいたと知りショックを受ける。

▶前回:「お金があれば、誰でもいい」結婚に焦る31歳女の裏の顔を知った男は…

Vol.12 本音がこぼれた夜



「お腹が空いた」というミナの要望にこたえ秋山が選んだ店は、朝まで営業している全室個室の和食店だった。

大画面のカラオケがついているので、料理は普通だろうと期待しなかったのだが、ちゃんとしたものが出てきたので驚いた。

「わぁ、美味しそう」

ミナはよほど空腹だったのか、もう23時だというのに、大山どりの唐揚げとキンキの煮付け、それから白米を大盛りで注文している。

あまりにも気持ちいい食べっぷりなので、しばらく無言で眺めてしまったほどだ。

「あの…ところで、ミナちゃんは知ってたの?その…秋山さんのことなんだけど」

俺は秋山がお手洗いに行ったのを見計らって、ミナに聞いた。



「ん?うん。知ってるよ」

彼女はほんの数秒で、俺が何を言いたいのかを理解してくれた。

「でも、なんていうか…あの方は、男女関係なく好きな人は好き!って感じなんだと思うんだよね。どうしたの?なんかあった?」

「いや…そうだよね。別に珍しいことでもないしね。香澄ちゃんよりも翔馬くんの方が好きだって言われて、真面目に受け取りすぎかも」

俺が頭をかきながら言うと、ミナはケラケラと笑った。

「私も香澄ちゃんよりも翔馬くんが好きだけど…たぶん、秋山さんパートナーはいるから、聞き流していいと思う」

― えっ…!?俺のことが好きなの?

今度は自分がむせそうになり、ハイボールを喉に流し込んだ。

「それって、どういう…」

俺がミナに聞こうしたタイミングで、秋山が戻ってきた。

「で、翔馬くん。どうするんだい?香澄ちゃんのことは」

ミナが「ん?」と聞いたので、軽井沢の夜に香澄が別荘から出て行った時の詳細を話した。秋山に抱きついて交際を迫ったことも、それを知らずに俺は香澄と付き合うことになったことも。

唐揚げをもぐもぐしながら無言で聞いていたミナは、芋焼酎のロックを半分飲んでから言った。

「今ここに香澄ちゃんを呼べば、秋山さんもいるから言い逃れできないし、真相を明らかにできそうだけど…」

「それがいいよ!ね!そうしよう」

秋山も賛同したので、俺も同意しそうになる。

しかし、ミナはすぐに訂正した。

「でも、さすがに無理だよね。私がいたらまた修羅場になりそうだし。それに、もう23時半で遅いしね」

何気なくスマホを見ると、香澄から大量のLINEがきていた。

「どこにいるの?」「連絡して」からの「もういい」「こんな仕打ちをされるとは思わなかった」などと羅列されている。

香澄じゃなければ、すぐに電話をして彼女を安心させていたかもしれない。でも、「誰でもいいから経済力のある男と結婚したい」と香澄が言ってたという話を聞いた後では、連絡する気が失せる。

俺は、返信をせずにスマホを伏せた。

香澄にうんざりしている気持ちもあるが、苛立ちの矛先は自分自身へ向かっていた。

次に恋人ができたら、本当に大事にしたいと思っていた。

それなのに可愛いからという理由で、香澄のような子を選んだ俺が愚かすぎる。

うなだれていると、「翔馬くん…ごめん」と秋山になぜか謝られてしまった。

「いや、秋山さんが悪いわけじゃないんです。自分で自分にうんざりしてるんです」

少し酔っていたこともあり、俺は、ふたりを前に本音を語り始めた。



「昔は結婚と引き換えに、自由を奪われるなんて絶対嫌だって思ってたんですよ。結婚にメリットなんてないって」

結婚している友人と飲んでいる時、「妻が帰って来いってうるさくて」とか「土日は子どもと遊ばなきゃいけない」みたいな愚痴を聞くことがある。

数年前はただ「可哀想だな」と思って聞いていた。

しかし、年齢を重ねた今は違う。

帰りを待ってくれている人がいることが、羨ましく、愚痴が自慢に聞こえてしまうくらいだ。

「会社を経営しているから、もちろん守るべき人達はいるんですよ。社員やその家族、それに取引先の人とか。でも、プライベートで守りたい相手が俺にはいない。それが最近は身に沁みるんですよね」

俺はふたりに本音を打ち明けた。ここまでの素直な気持ちは、親友の元太にすら話したことはない。

「今まで、煩わしいと思っていた責任とか制約とかが羨ましい…むしろ欲しいんです。すごく」

「うんうん」

秋山はなぜかオロオロしているが、ミナは口を挟むことなく相づちを打ちながら、聞いている。

「独身であり続けることは、恋愛だけじゃなく日々の生活そのものが果てしなく自由じゃないですか。

家で夕食をとるのか要らないのか、いちいち誰かに伝える必要がないし、何時に帰宅しても怒られない。だけどその反面、めちゃくちゃ寂しい夜があって…」

― あれ。俺、なんか泣きそうだ。

「だから、その寂しさを紛らわせるために適当な女の子と過ごしてきたのかな〜。お金さえ出せば、美人と簡単に出会えるからさ」

ヤバいと思いむりやり笑顔を作ったが、ミナの顔は曇っていた。

同情されているのか、それとも引いているのか。俺は彼女の顔を直視できなかった。

「結婚なんか『しようと思えばいつでもできる』って、私もずっと思ってた」

ミナが言う。

「一応芸能界にいた時は、ファンがたくさんいたし、夜遊びに行けばどこへ行っても会計は誰かが済ませてくれて、チヤホヤされるから勘違いしてたんだよね。

でも、本当は本気で誰かを愛したことも、愛されたこともない。そんな状態のまま29歳まできちゃった」

― そうか、ミナちゃんは普通の女の子とはちょっと違う20代を過ごしてきたんだよな…。

俺は、親父がやっていることと似た領域で会社を経営しているし、何なら取引先も紹介してもらった。

若い頃からカジュアルな会食には時々連れていってもらったりもしてたし、資本金こそ自分でなんとかしたが、ゼロからのスタートとは言えない。

それに比べて、ミナはコネもツテもない状態でアイドルを目指したと聞いている。

今でこそ秋山に仕事を紹介してもらっているが、きっと、かなりの努力や苦労をしてきたはずだ。

― ミナちゃんが恋愛に没頭できなかったのと、俺が本気で相手に向き合ってこなかったのは別物だ。

そう思うと、余計に自分が情けなく思えた。

しかし、ミナはそんな俺の思考を見越してか、すべてをまるっと言葉で抱きしめてくれた。

「翔馬くんが今、恋愛や結婚に真剣に向き合おうとしているのは、これまで仕事最優先で頑張ってきた証なんじゃないかな。

余裕が出てきたからプライベートを充実させたい。そう思うのは、当たり前の感情の変化だと思うよ」

「ミナちゃん、ありがとう」

俺は思わず、彼女を抱きしめたくなった。

「私はまだ、そこまでのフェーズには行けていない自覚はある。でも…」

ミナがそこまで話したところで、秋山が「翔馬くんごめん!」と言った。

― 急になんだ??

何事かと思っていると、次の瞬間、個室のドアが勢いよく開く。

「翔馬くん!」

そこに立っていたのは、いつもよりかなり薄化粧の香澄だった。

俺はハッとして秋山を見ると「申し訳ない」と口パクで言い両手を合わせている。

その言動とさっきまでの秋山の様子から、彼が香澄にこの場所を教えたのだとわかった。

香澄は肩を震わせながらミナを睨みつけ、その後俺に抱きついてきた。

「ごめんなさい…!軽井沢で秋山さんとふたりで飲んでいたって聞いて、嫉妬しちゃったんだよね。だから連絡くれなかったんでしょう?」

― 嫉妬…?

俺は大きなため息をついた。

まずは、香澄との関係をどうにかしなければならない。

「香澄、ちょっとここを出ようか」

俺は、秋山とミナに詫びを入れ、彼女を連れて外に出た。

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香澄に別れ話をする翔馬、そして…