今、中学受験をする子どもが増えている。都内の中心地では2人に1人が公立中学校を選ばず、中学受験を選択しているようだ。そんななか、子どもを名門校に入れるため、過剰なまでに厳しい教育方針をとる親がいる。
今回お話を伺ったのは、妻がそんな教育ママに変貌し、家庭内での緊張感が日々高まっているという50代男性の智之さん(仮名)。中学受験を目前に控えた息子に対する厳しい監視と指導が続くなか、夫として、そして父として、子どもをどう守っていくべきかを模索する日々を過ごしている彼に、家庭内のリアルな実情を伺った。
◆常に怒りながら“監視”を続ける妻
智之さんは、偏差値70を超える難関国立大学の医学部を卒業している医師だ。一方、妻の良子さん(45歳、仮名)は、医学部の中ではさほど偏差値の高くない私立大学を卒業し、同じく医師として働いているという。
「妻はね、常に怒ってるっていうか……。⼦ども4⼈を全員東京⼤学へ⼊学させたことで⼀躍脚光を浴びた佐藤ママっているでしょう。あの⼈の影響で、リビングに学習スペースを⽤意しています。そこで⼩学5年⽣の息⼦を⾒守ってる……なんてもんじゃないな。喋り続けながら常に怒った⼝調で“監視”をし続けているんです」
息子が勉強のポーズをとっていても、視線が机以外に向かっているなど集中力を切らした状態を見つけようものなら光速で檄が飛んでくる。
「何ですぐぼーっとするの!」
ぼーっとする時間さえ惜しんで勉強しなければ、目標の学校に受からない。そういった妻の教育は、息子の将来のためではなく、「妻自身のコンプレックスによるものかもしれない」と智之さんはいう。
◆教育ママとなった妻の壮絶な生い立ち
妻は一体どのような環境で育ってきたのだろうか。
「妻は親から常に勉強のことを罵られ続けて育ったんです。『何でそんなこともできんね! こんなに塾も行かせてやって、いくらかかったと思っとんや! この出来損ない!』といった言葉を浴びせられることが日常茶飯事だったという話を聞いたので、幼心に自分の無能さを嫌ほど刺激されていたんでしょう。親に認められたい、という気持ちは人の倍以上あったと思いますよ。いや、今もあるだろうな」
結果的に私立の医学部を卒業しているのだから、世間的にみたら妻の良子さんも十分に優秀である。しかし、それでも親族のなかでは見下されているようだ。
「結納のときに妻が親族から『そんな大学出た程度で』という嫌味言われちゃってるのを見てしまって……。こりゃ一族で学歴に対するコンプレックスが半端じゃないなと思いました」
親から言われ続けた言葉は、今も妻の中で何度も蘇り、現在進行形で彼女を傷つけ続けているという。その傷が癒えないまま、やり場のない感情は我が子に向かっているようだ。
「ほんとに字が汚すぎる。これなら書かない方が100倍マシ。今すぐ全部消してやり直して」
「また100点取れなかったんだ。勉強が足りないんだね。普段何してんの?」
「学校で100点取ってないなら、塾でだけ100点とっても何の意味もないこと、ちゃんとわかってるわけ?」
こういった妻からのキツい言葉が降り注ぐ毎日。心の負担が子どもに降りかからないよう、智之氏は子どもを守るように寄り添っている。
「子どもはね、かなり優秀なんです。ケアレスミスは結構多いから、妻は止まることなく怒りまくってるんだけど、その一方で誰にもできない問題とかはやりたがるんですよ。うまくいけば偏差値が75くらいのトップ中学校に入学できるんじゃないかな。それでも妻は子どもに泣くまで叱り倒してることもあります」
◆息子の中学受験は夫に相談なし…
智之さんの話を聞く限り、あまり夫婦間で中学受験に対する意見が合致していないようにも感じるが、そもそもどういった経緯で中学受験をさせることになったのだろうか。
「『二月の勝者―絶対合格の教室―』っていう漫画知ってます? 中学受験を成功に導くカリスマ講師の漫画なんですけど、あそこに絶対的な“勉強を始める黄金期”みたいなのがあるらしいんですよ。小学3年生の3学期からだったかな。だから、そこから通い始めて。もう彼女の中で相談なんて選択肢が浮かばないくらいに受験することが決まっていて、『よし、この時期がいよいよ来たぞ』っていう感じでした」
◆教育ママが息子に求めることは
では、妻が最終的に子どもに望むことはなんなのだろうか。
「妻は、最終的に海外の有名大学に入学させることを視野に入れているみたいですね。ハーバードとか。まぁ、この感じの詰め込みの勉強のさせ方で世界に行けるなんて思わないけど……。本人が優秀なんだから、ほっとけばいいと思うんですよ。楽しいことをして夢中になれる何かに出会ったりした方がよっぽど世界に通用する子になる。僕が言っても全く聞いてもらえないんですけどね……。だから高校生になったら寮にでも入って、母親から離れてほしいなと思います」
彼女は「中学受験が終わったら、子どもにはもう干渉しない」と宣言しているようだが、果たして本当にそうなるだろうか……。
止めたいけど止められない。子どもへの期待という名の一種の依存症ともいえる状態を、彼女自身も良しとはしていないのだという。一流の学校に入学するということは、今度はそこでの競争が待っているということにもなるだろう。
「この依存を今度こそ断ち切る」その気持ちを強く持っておかなければ、自らを変えることはなかなか難しいはずだ。母と子、それぞれが幸福に過ごせる日常であってほしいと願う。
取材・文/なっちゃの
【なっちゃの】
会社員兼ライター、30代ワーママ。世の中で起きる人の痛みを書きたく、毒親などインタビュー記事を執筆。