「現場から人がいなくなる」――。
医療・介護・福祉の職場で働く労働者でつくる日本医療労働組合連合会(医労連、加入人員数約16万人)は、全国の医療機関・介護施設での年末一時金(ボーナス)の大幅引き下げ回答の続出を受け11月27日、東京都台東区の同連合会会館で会見を開き、看護師らの“大量離職”もあり得ると、現場のひっ迫した状況を訴えた。
全産業平均のおよそ半分の年末一時金
日本労働組合総連合会(連合)の「年末一時金(第1回)回答集計結果」(11月7日発表)によると、組合員の平均額は昨年同時期の79万3542円を上回る82万7478円。一方、医療・介護従事者は、その額を大きく下回っている。
年末一時金回答の説明にあたった医労連の米沢哲書記長によると、559の加盟組合のうちの200組合から回答があり、正職員については、昨年の平均額の支給実績52万7047円に対し、今年は42万8164円で9万8884円減。「大幅なマイナスの状況となっている」(同書記長)。
200組合のうち、前年からの引き下げは83組合、10万円以上の引き下げはおよそ1割の19組合。都道府県別では東京、北海道、長野が大きな引き下げとなっており、中には東京で約26万円ものマイナス回答も出ているという。
全産業平均のおよそ半分となる見込みの年末一時金。国民の健康と命を守る医療・介護・福祉に従事する者にとって、あまりに冷ややかな対応と言えるだろう。
一時金削減により懸念される“ある事態”
こうした厳しい状況に米沢書記長は、「労働者の生活に当然、直接的に影響を及ぼすが、(診療の質の低下など)患者、利用者に及ぼす影響もある」と語り、ある懸念を示した。それは一時金削減により生活が苦しくなった従事者の“大量離職”だ。
フリップボード(絵図)を用いた説明によると、大幅引き下げとなっている3都道県のうち、北海道の17万円引き下げの民間基幹病院では、大量離職により手術200件、救急車受け入れ450件、入院患者数延べ1万3000人(いずれもひと月)に対応できなくなると予測されている。
会見では大量離職の可能性も示された(11月27日 医労連会館/榎園哲哉)
新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)の影響による医療機関等の経営悪化で、2020年にも大幅に賃金が引き下げられた。しかし、今年はそれより厳しい状況になっているという。同年と比較しても、正職員の平均額で9689円のマイナスとなっている。
「使命感だけでは続けていくことができない」
また、米沢書記長は、もう一つの懸念も示した。それは若者の「医療・介護職離れ」だ。
医労連が今年4~5月に全国で行った「看護職員の入退職に関する実態調査」によると、調査した32都道府県・125施設のうちの約7割(67.2%)にあたる84施設が、看護職員が「充足していない」と答えている。
さらに、医労連調査によると、看護師養成の大学・短大、専門学校等で入学者数が10年前(2014年)の6万3672人から今年(2024年)は5万6142人と、およそ7500人減っている。
生涯賃金も医療・介護職は全産業と比べて下位にあり(連合調査)、「賃金が上がらない、賃金が低い、そうしたことから(若者らに)なかなか選ばれにくい職業になっている」と米沢書記長は話す。
北海道札幌市の基幹病院で働いていた元看護師の松田加寿美書記次長は、前述した「看護職員の入退職に関する実態調査」で寄せられた“声”も踏まえ、現場で起きていることについて次のように説明した。
「看護師は『患者さんのケアをしっかり行いたい』という使命感をもって仕事にあたっているが、人がいないことによって清潔ケアができない、ナースコールにすぐ対応できない、といった患者サービスの低下が続いている。使命感や責任感だけでは仕事を続けていくことができない」
「臨時の報酬改定を速やかに行ってほしい」
佐々木悦子中央執行委員長は、「経営赤字を理由に年末一時金の大幅引き下げを回答している医療機関、介護事業所が複数出ている。(求めている)賃上げどころか大幅賃下げとなっている」と窮状を語り、「このままでは看護師、介護職員の退職に拍車がかかる。必要人員を確保できないことから、病棟を閉鎖せざるを得ない、ベッド数を減らさざるを得ない、という医療機関も少なくない」と訴えた。
一時金大幅引き下げなどの“背景”でもある医療機関・事業所等の経営赤字。その理由について米沢書記長は「さまざまな要因が考えられるが、診療報酬・介護報酬の水準が据え置かれている中で、物価が高騰していることなどが挙げられる」と述べた。
利益を追求できる民間企業と異なり、国によって決められる社会保障関係費の診療報酬・介護報酬に頼る医療、介護機関。
低い収入、賃金体系を打開するためにも、米沢書記長は「ケア労働者の賃上げを緊急に公費で行ってほしい。低賃金の構造的問題の診療報酬・介護報酬等のあまりにも低い水準を見直してほしい」と訴え、さらにこう続けた。
「思い切った賃上げをしなければ、大量離職につながりかねない流れを止めることはできない。手遅れになってしまう」