スマートフォンの不適切使用によって10月11日に藤田菜七子元騎手が、11月13日に永野猛蔵元騎手が相次いで引退し、ファンにとっていろいろと残念な状況となっている競馬界。JRA(日本中央競馬会)は11月15日、2025年度事業計画等を発表する場で、通信機器の取り扱いに関してより厳しく対策する方針を明らかにした。
八百長防止のための内規
そもそもスマートフォンを含む通信機器の持ち込みや使用に制限をかけている目的は「八百長防止」のためである。日本では賭博は賭博罪となり、刑法185条・186条で禁止されている中、競馬をはじめとした公営競技はそれぞれ個別の法律によって例外的に認められている。
そして、八百長は競技ごとに設けられた個々の法律内で罪となる。
【競馬】競馬法32条の2~32条の4
【競輪】自転車競技法60条~63条
【オートレース】小型自動車競走法65条~68条
【ボートレース】モーターボート競走法72条~75条
【toto】スポーツ振興投票実施法37条~40条
最近では2020年にボートレーサーであった西川昌希氏が八百長によって逮捕・起訴され、懲役3年と追徴金の実刑判決が言い渡された例がある。この事件でも、外部に情報を伝える際にスマートフォンが使用されていたようだ。
だが、通信機器の持ち込み・使用についてはそれ自体が法律違反となるわけではない。「疑われる行為」を抑制するために各競技がそれぞれ内規として禁止しているもので、罰則もあくまで各競技団体が出走・騎乗停止といった処分を下している。
中央競馬のルール
たとえば中央競馬では、騎手は開催前日21時までに外部との接触ができない調整ルームか競馬場に入ることになっている。このとき、通信機器をセーフティーボックス(ロッカー)に預け入れ、開催が終わるまで取り出すことができない。
この持ち込みルールだが、以前は騎手が自主的にロッカーへ入れる手順で運用されていた。また、事前にダウンロードした過去レース動画を見るために通信を伴わない使用をすることは、職員に届け出れば認められていたのである。
それが、昨年6月以降、より厳しく運用されるようになった。ロッカーに預け入れる際には職員の立ち会いが必要となり、持ち込みは全面禁止とされた。背景には、以前から通信機器使用事例が発生していたことから、対策強化をする意図があったと考えられる。
しかし、職員立ち会いとした後も手荷物検査は行われていなかったため、来年2月28日まで騎乗停止処分となっている水沼元輝騎手の例では「預ける用」と「隠し持ち込む用」のスマホを用意しており、持ち込みを防げなかった。冒頭で紹介した11月15日のJRA発表では、携帯番号の届け出、所持数や使用状況の確認、さらに調整ルーム入室時の手荷物検査を検討する、としている。
なお、このように、日本の競馬界ではどんどんルールが厳格化されているが、世界の競馬と比較すると、従来の制限でも厳しいほうだった。国によっては開催中の通信使用を禁止しているが、持ち込みを制限しているところはほとんどない。
地方競馬・競輪・ボート・オートの場合
中央競馬以外の各公営競技では、開催前日の前検日に通信機器をすべて預けることになっている。いずれの競技も原則、数日連続して開催。そのため、約3~8日間、外部と接触も通信もできないのが当たり前となっている。ちなみに動画を見たい場合は、通信機能のないDVDプレーヤーが重宝されているとのことだ。
このように他競技が中央競馬より厳しい運用であるため、多くの競馬ファンからは「中央競馬は甘い」「全面的に持ち込み禁止にすればいいのに」と言われてしまう状況となっている。
ただし、他競技と中央競馬で共通するのは、通信機器の持ち込みは内規に違反するということ。競輪の場合は「管理秩序違反」、ボートレースの場合は「管理規定違反」に該当する。もちろん持ち込みが発覚した場合、通信機器の使用が八百長につながっている可能性の有無は内部で調査される。また、八百長の事実が確認されなかったとしても、一定期間の出場停止処分が下されることも共通している。
金属探知機を導入した韓国
日本と同様に公営競技が行われている韓国では2011年から金属探知機が導入されており、選手が宿舎に入る前に必ず通ることになっている。コロナ禍以前に開催された日韓競輪で日本の選手が韓国へ遠征した際に体験し、「うっかりカバンの中に入っていたのを届け出忘れしてしまうことも防げるので安心」と好評だったようだ。
そして日本でも、2020年に八百長事例が発覚したボートレースでは同年2月、ゲート式の金属探知機を導入することを発表。現在は全レース場へ導入されており、以降は通信機器持ち込みの事例は報告されていない。
2021年に騎手・調教師による不正馬券購入が発覚し一時期開催休止に追い込まれた笠松競馬でも、再開の際には、調整ルームへの入室の都度、金属探知機による身体検査、手荷物検査を実施することを発表。さらには監視カメラの増設や集音マイクの設置などもされており、二度と問題を起こさない決意を見せた。
そもそも八百長防止の一部にすぎない
ここまで、中央競馬における通信機器持ち込みルールの現状と他競技の例を取り上げたが、結局のところ通信機器の制限は八百長防止に対する策の“一つにすぎない”ことを忘れないでほしい。
たとえば競馬ならば「パドックで指を1本立てていたなら八百長をする」といった合図を取り決めておけば、通信機器がなくても八百長を実行できてしまう。あくまでも、通信機器の制限は八百長をしにくくすること、ひいてはファンに八百長を疑わなくてよい環境を提供するものだ。
もっと厳しくしたいのであれば、法律で通信機器の不正使用そのものを刑罰にしてしまう手もあろう。だが結局は、八百長そのものを防ぐには騎手・選手が不正に手を染めないよう規制をするか、指導するかのどちらかしかないのである。
筆者はファンの信頼が落ちている現状では規制を厳しくするしかないと考えているが、もともとは規制を緩めてほしいと思っていた。前述の通り、規制があるからといって直ちに八百長そのものを防ぐことにはならないし、今年のジャパンカップのようにせっかく外国馬が多く参戦しても、世界の競馬関係者から「日本の競馬はめんどくさい」と思われるのではないか、遠征を避けられはしないか、との懸念があるからだ。
しかし、現状ではそんなことも言ってはいられないのだろう、残念である。