在宅医療は病院や施設で提供される医療と大きく異なります。家庭生活を営む空間に他人があがり込み、介入するわけですから、患者本人のみならず家族とのコミュニケーションは大切です。しかし、患者さんよりもご家族を優先しては本末転倒です。在宅医療医の野末睦氏が自身の体験をもとに、終末期医療の現場について解説します。
90年代――癌と生きるロールモデルの誕生
一昔前の在宅医療は、終末期の患者さんにとって「病院でできる治療がなくなり、退院を余儀なくされ消去法的に選び取る」というケースが大半でした。しかし、現在の在宅医療は、数ある選択肢から希望した患者に対して専門医療の一つとして提供されるものとなりました。
癌や余命の告知が一般化したことで「残された人生をどのように生きるか」という概念が生まれ、在宅医療は選択肢の一つとなったのです。
背景には、癌を患う著名な著者による書籍が次々と発売されたことが大きく影響しています。有名な例を挙げると、90年ごろにジャーナリストの千葉敦子さんがニューヨークで乳癌とともに生きる日々を綴った書籍を発表しています。私も、千葉さん著の『よく死ぬことは、よく生きることだ』(1990/2/1第1刷、文藝春秋発行)をはじめ数冊を拝読し、大変感銘を受けました。
「病気を患い、死と隣り合わせにありながらどう生きるか」という難題に対するロールモデルが出てきたことで、在宅医療は終末期患者の選択肢になったのです。
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家族ではなく「患者本人の意思」を第一に優先する
在宅医療は病院や施設で提供される医療と大きく異なります。家庭生活を営む空間に他人があがり込み、介入するわけですから、家族とのコミュニケーションは大切です。しかし我々が向き合うべきは患者であるため、決して対象をはき違えてはいけません。「患者と絶対的な信頼関係を構築し、本人の意向を第一に優先する」というのは、在宅医療に従事する医師に求められる、最も重要な専門スキルの一つです。
当たり前と思う人もいるかもしれませんが、実際に患者の病状や最近の様子について家族に尋ねる医師は存在します。私はこのようなことは避け、ご家族への挨拶はそこそこ、一直線に患者さんのもとへ向かって目を見て語りかけることを大切にしています。たとえ言葉を発せられない状況にあったとしても、本人とのコミュニケーションから容態を把握し信頼を育むことで、患者さんの反応は劇的に変化するものです。
具体例を挙げてみましょう。