ニセコの雄大な景色と、時代を超越した日本の美に没入できる。究極の設計が魅力の温泉オーベルジュ

湯も料理も空間も極上の「温泉オーベルジュ」が温泉の新たな潮流となっている。ニセコの山間の地を訪ねた。



自家菜園と地元の食材で作る、この宿でしかなし得ない料理



ニセコの深い森に、3棟の古民家が里山のように佇む。

どの棟も赤く錆びた巨大な鉄壁が入口となり、中は薄暗く、ただならぬ空気感。時代を忘れる錯覚に陥るその場所こそ、「SHIGUCHI(シグチ)」と併設するレストラン『そもざ』だ。

どの宿にも似ない外観を持つのは、ここが温泉オーベルジュにして“ギャラリーステイ”が本筋の宿だから。

館内には国も時代も越えたアートや文化財が集結する。それらを集めたのは英国人オーナーのショウヤ・グリッグさん。



ショウヤさんは1994年に旅人として北海道の土を踏み、自転車で4ヶ月かけ道内を一周し、DJ、カメラマン、空間デザイナーとして活躍。2015年に「坐忘林」を開業(現在は売却)。2022年に「SHIGUCHI」を開業した。

ニセコで絶大な支持を得る「坐忘林」を作った人であり、そんな彼がデザイナーではなくアーティストとして作った作品が「SHIGUCHI」だ。

宿名は木材の凹凸を組み合わせる日本建築の接合箇所“仕口”が由来。客室内ではあえて仕口が見える柱を使い、スピーカーを内蔵させて音を奏でるオブジェともする。

「仕口を組み合わせることで構造にパワーが出て、まるで人間のコミュニティのよう」と、ショウヤさんは大工が大切にする古来の技術を宿泊者に知らせる。

「新しい次元の贅沢を発見していただきたい。それはシンプルさや本物志向、自然との調和を物質的な贅沢より重視した、時代を超越する日本の知恵から気づくことができて、宿を出発後も長く響くことでしょう」とショウヤさん。

廃材越しに見る「火」のリビングルーム(351㎡)。1泊1室1名¥115,000~(2食付き)。

また、「自然が一番のアート」とも話し、森の景色への没入感を高めるため室内は少し暗め。

全5室に源泉掛け流しの温泉風呂を設け、うち4室は窓際に面する石造りの浴槽。最も小さな部屋でも144㎡という広さで全室2フロア以上。

上の写真の「水」(2フロア151㎡)は、浴槽からリビングまでガラス窓が連なり、森の壮大な眺めを堪能できる。1泊1室1名¥89,000~(2食付き)

全室に絶景温泉を備え、それは当然のように気持ちがよく、入浴後は冷蔵庫にある冷えた北海道産の泡酒や地ビールをフリーでいただける。

ただ、瞬間ごとの「気持ち良い」は、感性を刺激するためのウォームアップのようでもある。



テロワールを感じる美しき料理を、無駄なく循環させていく



その唯一無二の滞在を支えるのが、『そもざ』のシェフであり畑仕事も担う佐藤朝男さん。

ふたつの畑と1つの温室が敷地内にあり、シェフの佐藤さんと厨房チームが世話をする。ここで採れる珍しいハーブや花を料理に使うのも個性のひとつ。ビジターの利用も可能だ。

佐藤さんがここで働く理由もショウヤさんの哲学に共感したからで、料理の世界観に少なからず影響する。

佐藤さんは地元・倶知安出身で洞爺の『ミシェル・ブラス』で修業。

フレンチの手法を知るが、自身の料理を「フレンチかも分からないです。自然に従いながら、SHIGUCHIらしいひと皿にするのが楽しいです」と話す。

例えば縄文時代が長かった北海道らしいひと品が“縄文パン”。当時なかった小麦粉を使わず、蕎麦粉や胡桃でパンを焼く。

「丸ごと食べる」を信条に、「ベジブロス」では前菜からメインまでに使った野菜の皮や芯を乾燥させてお出汁として提供。

秋にはジビエ、積雪する冬には春に採った山菜の塩漬けが登場するのも同地らしいアプローチだ。

「自然から新しい可能性を感じるので、そこから未来のひと皿になる料理を作りたいです。最近は松の葉のオイルを試作中で、桃のデザートに使おうと考えています」とも話す佐藤さん。

美味しいだけに終わらない食体験も、“新しい次元の贅沢”とリンクしているはずだ。



■施設概要

施設名:SHIGUCHI

住所:北海道虻田郡倶知安町花園78-5

TEL:0136-55-5235

料金:1泊1室1名¥89,000~(2食付き)

部屋数:5室