後部座席でイチャイチャしていたカップルが…タクシー運転手が“気まずかった”客5選

 急かせる、命令口調、絡む、酔っ払い……。タクシードライバーが嫌がるお客さんといえば、カスハラ絡みの人たち。法律や接客業という縛りがなければ、「とっとと降りやがれ!」と一喝したくなるものだ。

 一方、カスハラじゃないけれど、車内がどんより、嫌な空気になるケースもある。今回はそんなエピソードをいくつかご紹介します。

◆1)静かなケンカほど緊張するものはない

 土曜日の昼下がり。30歳前後と思しき夫婦が目的地として指定したのは某カーディーラー。旦那さんはお目当ての車があり、すでに営業マンと話を進めているらしく「車内も広いし、格好いいんだよ」楽しそうに話している。対する奥さんは「そうなんだぁ」、「へぇー」と聞き役に回っているが、あまり笑顔がない。走り始めて2分ほどで、かなり温度差があることが読み取れた。これはもしかすると……。嫌な予感がし始めたその時。

「でもさ、そういうこと勝手に決めないで欲しかったな」

 ちょっとスネているような、可愛げのある発言じゃない。明らかに冷たく、責めている口ぶりの奥さんの言葉が車内の空気を一変させた。途端に笑顔が消え、言葉に詰まる旦那さん。何とか言葉を繋ごうと、「悪かったよ。けど、車があったら便利って話してたじゃない。運転するのは俺なんだしさ」その場を収めようとするが――。

「いっつもそうだよね、勝手に決めちゃって」

◆過去の話を蒸し返し始めた

 あの時はこうだった。その前もこんなことあったよねと、奥さんが過去の話を蒸し返し始めた。女性がこの手の話を始めると、多くの男性はイライラするものだ。案の定、車内は殺伐とした雰囲気になってしまった。

「いっつもって、そういう言い方するなよ。何で昔の話をいちいち出してくるんだ」

 お互いの言葉にどんどん棘が出てきた。まだ口喧嘩の段階だけど、運転しているこちらは気が気じゃない。火の粉が飛んでこないよう、早く降りてほしい。でも、そのケンカに割り込んで聞くべきことがあった。実はそのディーラー、片側3車線道路の反対側にあったのだ。

「そろそろ着きますが、Uターンして中に入りますか?」

 ふたりが無言になった瞬間、できるだけ冷静に問いかけると、

「いえ、そこ(反対側)でいいです」(奥さん)

「はい、Uターンしてください」(旦那さん)

 同時に違う答が返ってきた。どちらもそれ以上言葉を発しない。困った筆者は早く降りてもらいたくて、奥さんの言うとおりの場所に停め、無言のまま降りていくふたりを見送った。旦那さん、車、買えたのかなぁ?

◆2)私のせいですか?

 30代サラリーマン風の男性の行先は、品川区内のビル。乗車地から一般道なら25分、首都高を使えば15分ほどで着くだろう。ルートの希望を聞くと、「急いでいるので高速でお願いします」と答えた。

 かしこまりました。なら、ちょっと急ぎ目にしますと、走り始めて数分。首都高は空いていたので順調に進んでいた。すると、彼がどこかに電話をかけ始めた。会話の内容から、向かっているのは自分の会社のようだ。

「はい、はい……。ただ、申し訳ないのですが、到着が15分ほど遅れそうなのです」

 相手に謝っている。寝坊でもしたのかな? 軽く聞き流していたら、

◆急いでいる男性がまさかの一言

「実は今、タクシーに乗っているんですが、運転手が道を間違えて首都高の別の路線に入ってしまいまして、そこがまた渋滞で……。はい。そうなんです」

 エッ!?  いやいや、こっちは順調に最短ルートを走っているし、渋滞だって一切ないぞ。なんてことは口にしなかったけれど、遅刻の犯人にされたのはよい気持ちじゃない。少しモヤモヤしていると電話を切った彼が「ふぅー」と息をついた。あ、もしかしたら、このあと

「悪いね、運転手さんを犯人にしちゃったよ。ごめんね」

 と声をかけてくれるのかと思ったが、そのまんま無口&無表情の彼。会話が聞こえていないとでも思っているのだろうか? 結局、電話を終えてから到着までの10分ほど、彼はひと言も発することなく仏頂面。こちらもあえて話すことなどせず不満顔。空気はかなりよどんでいた。

◆3)取りあえず、服、なおしましょうか

 新宿から乗ってきた30歳前後のカップル。女性が少し年上で男性にぞっこんの様子。こちらの「シートベルトの着用をお願いします」を軽く無視しながら、ぴったりと寄り添っていた。

 走り出すと男性はスマホをいじりだす。女性はそれを邪魔するかのように身体を寄せ、甘えた声で何かささやいている。そのうち、ささやきが「ぅうん♪」とか「ばかぁ」などの艶声に変化していくのが運転していてもわかった。

 をいをい、何してくれてるんだ? 別にいちゃつくのはいいけれど、限度を超えることはしてくれるなよ。とはいえ、振り向くわけにもいかないので、これ以上エスカレートしないことを祈りつつ運転していると、男性の電話が鳴った。

「あ、おつかれさまです。はい。はい。えー、マジですか! あー、わかりました。申し訳ありません、すぐ対処します。後で掛けなおします」

◆やっぱり少し脱がしかけていたようだ

 緊急事態なのだろう、男性は電話を切ると、

「ゴメン、ちょっとトラブルがあって戻らなきゃ。ここで降りるよ。また今度ね!」

 早口で女性に告げると、「運転手さん、そこの地下鉄の入口で停めて」と指示して慌てて降りて行った。

 こちらはやれやれと思いつつ、指示通りにドアを開け男性を見送った。そして女性に最初の目的地に向かえばいいのか尋ねようと振り向くと、女性は気まずい顔をしながらはだけていたブラウスのボタンを留め「はい」と小さな声。あ、やっぱり少し脱がしかけていたようだ。

 もちろんその後、何か話のできるような雰囲気ではない。女性は車内に少しこもっていた熱気を悟られまいとしたのか、少し窓をあけて空気を入れ替えていた。

◆4)ひたすら無言

 日曜日、都心のホテルから乗ってきた40歳前後の女性ふたり。ちょっと着飾っている感じだったので、何かのイベントに参加していたのだろうか。目的地やルートの確認をすると、短いながらもお上品な受け答えをしてくれた。

 目的地までおよそ20分の道のりだった。道路は空いている。天気もいい。普通なら、ふたりの女性の会話をBGMに、優雅に走ることができると思っていたのだが……。

 走り始めて3分ほどである異変に気付いた。会話が一切ないのだ。スマホでも見ているのかと思いきや、そうではない。ふたりとも、目を合わすことなく窓の外を見ているだけ。無音の密室状態になってしまった。

 5分、10分、15分。あまりの静寂に緊張感がマックスになる。しかも、こちらは昼食を食べていなかったせいか、空腹でお腹が鳴りそう。運の悪いことに、信号待ちの時にそれは発生し、小さいながらも「ぐぅ……」と音が鳴った。音に気付いたのだろうか、助手席側の女性とルームミラーで目が合ってしまった。ここで、

「やだぁ運転手さん、お腹空いているのね」

 なーんて軽い突っ込みをいれてくれれば場は和むが、女性たちは表情をほとんど変えず、軽く咳ばらいをしただけ。針の筵のような気分だった。

◆5)送り狼作戦に失敗した男

 夜遅く、上野から乗ってきた20代とおぼしき男女は少々酒臭かった。

「運転手さん、取り合えず今から言う住所に行って。その後はまた指示するから」

 男性の言葉に続いて女性が住所を伝えてきた。どうやら男性が女性を送った後、自宅に帰る予定のようだ。ここまではよくあるパターンだが、走り出してしばらくすると、ふたりのやり取りの様子から、男性が女性を何とかしたいと思っていること。女性はそれをあしらっている感じで、攻略は難しそうに思えた。

 すると、女性の降りる場所に近づくと男性が「いやー、俺、トイレが近くってさ。ビール飲み過ぎたかな」とアピールし始め、女性が降りようとすると、

「あ、ちょっと待って。悪いんだけどトイレ貸してくれない。家まで我慢できそうにないんだ」

 おっ、その手を使ったか。さて、彼女はどうするだろう。こちらは様子を伺うしかない。すると、

◆男性の懇願に女性の回答は?

「ダーメ、家には入れられません」

「そんなこといわないでさー、ね、ちょっとだけ。ホント、我慢できそうにないんだよ」

 男性の懇願をさらり受け流した女性は、事の顛末を見守っているこちらに笑顔で、

「運転手さん、この先を右に曲がったところに公園のトイレがあるんで、そこに寄ってあげてください。じゃ、おやすみー」

 駆け足で去って行った。男性はもちろん落胆顔。こちらは変に干渉したくなかったが、念のため男性に声を掛けた。

「じゃあ、公園、寄りますか?」

「……いいよ、寄らなくて。あとは〇〇駅に向かって」

不貞腐れた様子の男性は、ぶっきらぼうに答えると、黙って車窓を眺めていたのであった。

<TEXT/真坂野万吉>

【真坂野万吉】

フリーライター。定時制で東京を走り回っている現役の中年タクシードライバー