40歳の私は、とあるレストランの店長をしています。数年前に脱サラして料理修行に励み、事故で急逝した父の店を継いだのですが、常連さんには好評を得ています。しかし、早くに隣の店をもらい受けて長く料理人をしてきた弟には、「兄の横入り」が気に食わない様子。勝手に対抗心を燃やしだしたのです。
まいったなぁ…
父の店を継いで半年後。無我夢中で磨いた料理の腕が認められ、一時期はいつも満席だったのですが、今は一転して閑古鳥が鳴いています。その原因の1つが、ネット上の悪質な書き込み。偽造画像まで使われて衛生面が悪いとたたかれ、あることないことを批判されたのです。
一方で弟は、もともとアットホームだった両親の店を改装し、超高級店へと路線変更。どうやらスポンサーを見つけたようで、有名シェフまで雇い入れて一躍人気店になったのです。
「どっちも父さん母さんの大切な店だったのに……。やっぱり俺が悪いのか」
私がため息をつきながら掃除をしようと店の外に出ると、繁盛している隣の店から弟の声が聞こえてきました。
「うちは超高級店だ、あんたらみたいな貧乏人は帰れ! 隣のしけたレストランで余った食材でも分けてもらえ!」
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空腹の母娘に
弟がののしって追い出したのは、薄汚れた服を着た母娘。私は思わず声をかけました。
「あの、よければこちらで食べていってください。本当に食材も余っていて、このままでは廃棄になるので、ご心配なく……」
店に戻り、精一杯の料理をふるまうと、母親と娘の2人は涙ながらに礼を言ってくれました。聞けば、訳ありのようで、逃げるように移動した際に財布もスマホも失い、山道で遭難しかけたのだとか。
「お恥ずかしながら、空腹すぎて頭も回らなくて……。助けていただいて本当にありがとうございます。実は昔、こちらのレストランでやさしいシェフからおいしいお料理をいただいたことがあって……。近くだったのを思い出して、思わず来てしまったのです。お代は、落ち着いたら必ず……」
困窮する親子に手を差し伸べた私の姿を、弟は店先から冷笑してのぞき込んでいましたが、気にしません。おいしそうに私の料理を味わってくれる母娘の姿に、自分もうれしくなりました。
「お金なんていいですよ。さぁ、どんどん食べてください! 終わったら、病院と警察に行かれたほうがいいですよ」