「生活保護の受給要件をみたしているのに…」相談者の7割近くが申請断念 行政の“水際作戦”「実態と背景」とは【行政書士解説】

「貧困」が深刻な社会問題としてクローズアップされるようになって久しい。経済格差が拡大し、雇用をはじめ、社会生活のさまざまな局面で「自己責任」が強く求められるようになってきている中、誰もが、ある日突然、貧困状態に陥る可能性があるといっても過言ではない。そんな中、最大かつ最後の「命綱」として機能しているのが「生活保護」の制度である。

しかし、生活保護については本来受給すべき人が受給できていない実態も見受けられる。また、「ナマポ」と揶揄されたり、現実にはごくわずかな「悪質な」不正受給が過剰にクローズアップされたりするなど、誤解や偏見も根強い。本連載では、これまで全国で1万件以上の生活保護申請サポートを行ってきた特定行政書士の三木ひとみ氏に、生活保護に関する正確な知識を解説してもらう。

第3回は、生活保護を申請しようとして福祉事務所を訪れる人が、窓口担当者等から申請自体を断念するよう促される「水際作戦」の問題と、その対処法について紹介する。(全8回)

※この記事は三木ひとみ氏の著書『わたし生活保護を受けられますか 2024年改訂版』(ペンコム)から一部抜粋し、再構成しています。

※【第2回】生活保護「家族に“扶養照会”しないと受けられない」は“ウソ”…行政に課せられた“正しい運用ルール”と「どうしても知られたくない場合」の対処法【行政書士解説】

7割近くが生活保護の申請を断念…背景に行政の「水際作戦」

地方自治体に寄せられた生活保護相談件数のうち、生活保護申請へと移行する割合である「申請率」は、2021年の統計では約31.4%にとどまっています。つまり、7割近くの生活保護相談者が、実際に福祉事務所に足を運んでも、申請に至っていないのです。

その背景には、行政の「水際作戦」とよばれるものがあります。生活保護を申請したいと思って福祉事務所を訪れた人が、不親切な対応などの理由によって申請をあきらめて帰ってきてしまうというものです。

私がこの言葉を知ったのは、行政書士になってからです。私の事務所に他県から問い合わせてきたAさんという方からでした。

Aさんは、私の事務所に相談された時点で収入も資産も経済援助もなく、すでに生活保護の受給要件をすべて満たしていました。

それなのに、最初に自分で福祉事務所に行ったときに、追い返されてしまいました。申請さえすれば生活保護を受けられたのに、申請すらさせてもらえなかったのです。

その理由についてAさんは「若くて働けそうに見えたからだと思う」と話していました。

Aさんは当事務所に電話をくださり、同日に来所、その場で行政書士が申請書を作成し、翌日役所に提出しました。一度は門前払いをした同じ役所です。でも、この申請は至ってすみやかに保護決定に至りました。

一般的に「水際作戦」と呼ばれる、福祉事務所での門前払いがなぜ起きてしまうのか。この背景・理由を知っておくと、自身や家族、友人が、いざ生活保護が必要になったというときに、スムーズに申請をする一助となるかもしれません。

行政書士 三木ひとみ氏(本人提供)

日本国民が最低限度の生活を営む権利は「憲法」が保障

まず、前提として、福祉事務所が従うべき「ルール」がどのような構造になっているか、押さえておく必要があります。

日本の統治機構では「三権分立」の仕組みがとられています。

すなわち、まず「国会」が、国民の人権を制限し義務を課するルールである「法律」を定める権限を独占しています。次に、「内閣」等による行政活動はこの法律に従って行われます。もし、行政活動に法令違反があれば、「裁判所」が司法府として裁きます。

そして、国会が作るあらゆる法律の上位にあるのが憲法です。つまり、憲法25条で保障される「日本国民が最低限度の生活を営む権利」は、本来、3段階で厳重に守られる仕組みになっているのです。

したがって、生活保護にかかわる行政(福祉事務所)の活動や、判断の内容も、国民自身が選んだ政治家が国会で作った法律とその下位規範の「政令」「省令」等に則って行われなければなりません。具体的には「実施要領に従って適正に仕事をすること」と法令で定められており、職員は「実施要領」や「生活保護手帳別冊問答集」を調べながら対応することになります。

職員の「感情」や「私的判断」によるものではなく、法令のルールに則って判断されなければならないのです。

私の事務所でも常に最新版の「実施要項」を購入し常備していますが、分厚い辞書のようなサイズの何百ページにも及ぶものです。

水際作戦の背景…福祉事務所の「裁量」ってなに?

では、なぜ、「水際作戦」と呼ばれるような行政対応が横行しているのか。その背景には、行政の「裁量」というものがあります。

裁量とは、公務員が法令の範囲内で、自ら判断して行動を選択、決定できることを言います。

生活保護制度は、全国画一的に運用されているわけではなく、地方公共団体、福祉事務所の裁量による取り扱いが広く認められています。

なぜなら、生活保護の相談者や保護受給者が抱えている問題は多様なので、裁量によって、それぞれの事情に配慮した血の通った行政対応が求められているからなのです。

分かりやすい実例を挙げてみます。

・厚生労働省による通達で「エアコンの経年劣化による故障のとき、原則一時扶助は支給しない」とされても、実際には、自治体、福祉事務所の裁量により、エアコンの購入費が支給されているケース

・病院が遠方で交通費がかさむため、通常の生活保護費とは別に医療扶助の一環として交通費が支給されているケース

・病院が遠方で交通費がかさむため、「近場の歩いて行ける病院に転院してください」と指導するケース

他にも、フリースクールなどに通学するときの交通費補助など、いろいろあります。

このように、裁量は本来、個々人の事情や地域の事情に応じたきめ細かな対応が行われるために認められているはずのものです。

国は、福祉事務所の個別の判断のための具体的指針を、自治体レベルで示し、適切な現場対応をすること、すなわち地方公共団体レベルの裁量基準の策定を促してもいます。

また、裁量の行使が権力の濫用的に行われてはいけないので、裁量基準というものも設けられています。

行政の「裁量」がマイナスにはたらくケースも

ところが、裁量がマイナスにはたらくケースもあります。その背景に、自治体ごとに策定する裁量基準に不備がある場合や、裁量基準そのものがあいまいだったりする場合があることが挙げられます。

また、都道府県や市ごとの生活保護地域的な偏りも見られます。

裁量基準は、国の法律・命令や、地方公共団体の条例、規則などの形式により定められるものと、行政内部のルールである「通達」の形で定められることがあります。

これらのうち、通達による行政運営は、そもそも法治国家の要請に反するという批判もあります。時に法の解釈、法の枠を超え、法に反して広く利用され、国民の権利義務に重要な影響を及ぼす事例が生じていることに基づく批判です。

また、「福祉事務所における生活保護の相談と助言」については地方自治体が主体的に行うこととされている「自治事務」にあたるので、原則として国が自治体の事務処理に関与できるのは「是正の要求」までです。したがって、福祉事務所のケースワーカー等の不適切と思われる対応があった場合に厚生労働省に相談しても、「基本的に、命令や指導はできません」という返答がなされます。

これも、福祉事務所の裁量権と呼ばれるものゆえなのです。

生活保護受給世帯・受給者数の推移(出典:令和6年(2024年)版「厚生労働白書」ほか)

納得できない説明には「法令の根拠」を聞く

では、行政の窓口で申請をあきらめるよう仕向けられたと感じたら、どうすればいいのか。

窓口の担当者が間違えることは、故意か否かにかかわらず、起こり得ます。

「保護の決定や実施」に関する事項のなかには、行政窓口の職員が単独で判断をするのが難しく、その判断が誤っていたというケースもあります。また、安易に独断で対応してしまった結果、公平性に欠け、違法な行政対応となってしまうことも起こり得ます。

したがって、私たちは、生活保護申請で、福祉事務所に行ったとき職員の説明に納得できない場合は、

「根拠となる法令の条文を教えてください」

「なんという法律、あるいはいつの通達、具体的な箇所、文言も教えてください」

などと、理解できるまで職員に聞くべきなのです。

昨今は、「悪質な違法受給」の問題がクローズアップされることがあります。もとより、資産や収入、他者からの経済援助があるのに、それを隠して、保護費を受給しようとしていないか、見極めるのは重要なことです。生活保護費の原資は私たちが支払う税金だからです。

しかし、憲法・生活保護法の趣旨に照らせば、真に困っている人を救済することこそ、公正な行政のあるべき姿です。

「あの福祉事務所は、受給者が多い地域の管轄だから、調査がゆるい」とか、「厳しい」とか、そのようなうわさは気にしないで、本当に生活に困っているならば堂々と申請してまった問題はないし、スムーズに申請できてしかるべきなのです。

一人で悩み苦しまないで

ここまで、生活保護制度の歴史や、法的な少し難しい話を書いてきましたが、要するに、福祉事務所は本来、相談者や生活保護を受けている人の個別の事情に配慮して、臨機応変に、独自の判断を行う権限が法令等によって与えられているということなのです。

ざっくりとでいいので、「法令」「通達」「裁量」の持つそれぞれの意味合いや役割、その歴史的背景は知っておきましょう。

そうすれば、生活保護を受けている福祉事務所やケースワーカーから言われた一言で傷ついたり、不本意にあきらめたりしなくても、困っていることが解決につながるように、詳しい事情を説明して相談にのってもらうなど、冷静な対応をしやすくなるでしょう。

繰り返しますが、すべての法律、条令や通達の最上位にあるのは「日本国憲法」です。

その憲法25条において、国民の「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」が保障されています。

自分の「生存権」が脅かされていると思うほど困っているときは、一人で悩み苦しまないことです。

血の通った温かい生活保護行政をする、その役割を担っている福祉事務所、ケースワーカーに相談することができるはずだということを、忘れないでほしいのです。