厚生労働省の資料(※1)によると2000年以降、有料老人ホームの利用者数は右肩上がりに増え続けており、2021年には2000年比で16倍になりました。有料老人ホームは元気なうちから入るものが多いですが、早くに入居すると収支変化により、家計の見通しが大きく変わってしまう可能性もあります。本記事では、Aさんの事例とともに、有料老人ホーム入居前の注意点についてFPの内田英子氏が解説します。
父の死から引きこもりに…
Aさんは75歳。ある地方都市の一軒家で暮らしています。Aさんはもともと看護師でしたが、結婚を機に退職し、長年家庭を支えてきました。子どもは3人居ましたが、いずれも別居し、家庭を持っています。夫とは同い年で、子どもたちからもおしどり夫婦といわれるほどでしたが、定年退職後に夫の病が判明し、約10年の闘病の末、昨年夫を見送りました。
献身的に看護と介護を行ってきたAさん。夫が存命中は限られた2人で過ごせる余生を、1日でも多く充実したものにさせたいと、遠方に住む息子・娘一家に会いに行ったり、行楽を楽しんだり、と精力的に過ごしていました。
そんなAさんでしたから、夫が逝去したあとは生きがいを失ったかのように、悲しみに暮れる日々を過ごしていました。一周忌を終えてもなお、毎日閉じこもってばかりのAさんの様子を見かねて、近県に住んでいた長女のBさんが声をかけます「お母さん、気分転換に時々散歩にでも出掛け
しかし、Aさんの自宅は郊外で生活には少し不便な立地、交通量も多い地域でした。
「この辺は交通量が多いから、歩いて出かけるのは、ちょっと怖いのよね」すっかり気持ちが弱くなってしまった様子のAさんを見てBさんは続けて声をかけます。
「じゃあ思い切って引っ越しを考えてみる? お父さんが残してくれていた保険から保険金が下りたから、引っ越すこともできるんじゃない」夫の存命中、思い出づくりを優先し、ほとんどすべての預貯金を使ってきたAさんでしたが、実は、夫が亡くなったことにより生命保険金を3,000万円受け取っていました。
Aさんの公的年金は遺族厚生年金もあわせて月約20万円でした。Aさんにとって、1人で暮らすには十分な金額でした。あわせて自宅は持ち家ですし、受け取った死亡保険金3,000万円を含めると、預貯金は3,200万円ありましたから、経済的に恵まれた状況にあったのです。
Aさんは夫の存命中は自宅で夫を自ら看取ることにこだわりを持っていました。しかしその一方で、かねてより、夫を見送ったあとは自宅を売却して、好きな場所で暮らしたいと思っていたことを思い出しました。Aさんは有料老人ホームへの入居を考えるように。
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母が選んだ有料老人ホームでの新しい暮らし
Aさんはまず、Bさんに有料老人ホームへの入居を相談しました。要支援1ではあるものの、特に介護が必要であるわけではないAさんの提案に、最初は驚いていましたが、最終的に賛成しました。なぜなら、具体的な入居先の候補がすでにあったからです。
実はAさんは、長年夫の闘病を支えてきたなかでどうしても自宅で夫を支えきれないときはお願いすることも考えよう、と思っており、評判のいい高齢者施設や住宅をあらかじめ調べていたのでした。ほかの2人の子どもからも賛同を得て、Bさんと一緒に3つの候補先施設に見学に行きました。
Aさんが特に気に入ったのは、郊外にある介護付有料老人ホームでした。その施設では、自立状態の方が多く、レクリエーション企画が定期的に多数ありました。散歩にも出歩きやすい立地で、毎日の食事を食堂のほか、ラウンジなど複数の場所でとることができましたし、2,600万円の入居一時金が必要になるものの、月額費用はお手ごろに思えたそうです。
また、介護が必要になったときも退去する必要がなく、入院が必要になったときも付き添いサービスが利用できる点がBさんにとっても安心だったそうです。施設に無事入居したAさんは、カラオケやボーリング、折り紙や菜園などさまざまなレクリエーションを楽しみ、充実した日々を送っていました。
しかし、Aさんは結局入居から1年で退去することになったのです。一体Aさんになにがおこったのでしょうか。