その他の条件設定
その他の条件設定においても、売り手の責任範囲を限定するためにいくつかの工夫が求められます。その1つが「アンチ・サンドバッギング条項」といわれるものです。
アンチ・サンドバッギング条項とは、「デュー・デリジェンス等を通じて、株式譲渡の実行までに買主が認識していた事項については補償の対象にしない」ことを定める、株式譲渡契約書上の条文を指します。極端な話、アンチ・サンドバッギング条項の定めがなければ、売り手が適切な情報開示を行なっていたとしても、買い手は提出された資料を十分に確認していなかったことを理由に、あとで売り手に損害賠償を請求することができてしまいます。売り手が適切な情報開示を行うことと合わせてアンチ・サンドバッギング条項を定めることで、売り手の責任範囲を限定することが可能となります。
このほかにも、細かい文言に関する論点ではありますが、売り手の責任範囲に重大な影響を及ぼす記載が存在します。例えば、「売り手の知りうる限り」という表明保証条項の記載です。
「売り手の知りうる限り」という場合、売り手が合理的に調べれば知ることができた場合には、売り手は免責されないこととなります。合理的に調べれば知ることができたかどうかについては、解釈がはっきりしづらいところであり、売り手の責任範囲にも曖昧さが残ります。したがって、売り手の立場からは、「売り手の知りうる限り」ではなく「売り手の知る限り」において表明保証を行うことを主張することが望ましいといえます。
類似例として、「買い手の意思決定に重要な影響を及ぼす情報はすべて開示している」といった表明保証の記載がなされる場合があります。このケースにおいても「買い手の意思決定に重要かどうか」は非常に解釈が曖昧なところで、不特定の情報開示に関する責任を売り手に対して負わせ(=キャッチ・オール)、極端にいえばあとから「この情報は意思決定に際して重要だった」と買い手が主観に基づいて主張しうるものであるため、売り手としては受け入れるべきではない表現です。
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クロージング前提条件(CP)
もう1つ、最終契約で論点になりやすい「クロージング前提条件(CP)」の記載について解説したいと思います。クロージング前提条件(CP)とは、「Conditions Precedent」を略したもので、その名のとおり最終契約の締結後、M&A取引の実行(=クロージング)のために必要とされる一定の条件を指します。CPの代表的な内容には、重要な取引先からの取引継続の同意取得、業務上必要な許認可の取得、重要な役職員の同意、独占禁止法に関する届出などが含まれます。
CPは、売り手と買い手の双方について取引実行までに充足すべき事項を定めるものですが、買い手の立場からすると、できるだけ不確実性の少ない環境において取引を実行したい思惑が働くため、詳細なCPの設定を行おうとする動機が働きます。一方、売り手の立場からは取引実行の安定性を確保するために、取引実行の障害となりうる内容のCPの設定はなるべく避けることが重要です。CPの内容次第では、買い手に対し容易に取引実行から離脱することを認めることとなってしまいますので、注意しなければなりません。
なお、買い手がCPとして、過度に従業員や主要取引先などに対する事前承諾の取得を求めるなど、売り手にとっては好ましくない、円滑な取引実行を阻害するような事項を要望してくる場合があります。こうした取引実行前提に関する買い手の要望については、あらかじめ意向表明書において明記を求めておくことで、最終契約交渉の段階になって過度に振り回される事態を避けられる場合があります。こうした売り手FAの対応は、買い手の競争環境が存在する意向表明の段階においては詳細な取引実行条件などを挙げづらいという買い手の心理をうまく活用した、売り手FAの交渉術ともいえるでしょう。