冬の食卓に赤ワイン、その奥深さとは【三澤彩奈のワインのある暮らし】

11月上旬、2024年の収穫も無事に終えることができました。醸造所で発酵中だったワインも熟成期間に入り、その姿は、まるでワインが静かに眠りにつくようです。11月になっても台風が発生するなど、気候変動の影響を受けた2024年でしたが、それと同時にブドウの底力も感じた年でした。

ブドウ畑に冬の風が吹き始める頃になると、家庭でも煮込み料理などの重みのあるお料理が食べたくなり、それに合わせて食卓にも赤ワインが並ぶ機会が増えるのではないでしょうか。今日は、赤ワイン醸造のお話をしたいと思います。

白ワインと赤ワインの醸造の違いですが、まず、ブドウそのものが違います。赤ワインとなるブドウには果皮に色素が含まれており、果皮は黒みを帯びた色合いをしています。

次に、醸造ですが、一番異なる醸造過程は圧搾のタイミングです。先に圧搾をして、搾った果汁のみを発酵させると白ワイン、果粒や房ごと発酵させると赤ワインとなります。赤ワイン用ブドウを白ワインのように先に搾ってしまうことによって、赤ワインのブドウから白ワインを造ることはできますが、白ワイン用の淡い色合いをした果皮のブドウから赤ワインを造ることはできません。

果粒や房ごと発酵させる赤ワインの醸造では、発酵中に、果皮に含まれる色素や、種子や果皮に含まれるタンニンと呼ばれる渋みの主成分が抽出されていきます。発酵中は、ブドウの成分を余すことなく、それでいて丁寧に抽出するように攪拌(かくはん)作業を行います。

醸造家の間では、「赤ワインはタンニンを飲む」というほど、タンニンはクオリティ―を決めていく重要な成分です。ただ多い少ないではなく、細かいタンニン、なめらかなタンニン、美味しいタンニンというような言い方をされます。ブドウ由来の成分ですが、抽出作業によってもタンニンの性質は異なってきます。

子供の頃からワイン醸造に親しんではいるものの、赤ワインの醸造はとても複雑です。房ごと発酵させるのか、果粒だけで発酵させるのか、どのように抽出していくのか、発酵後にはどのくらいの圧力でどこまで搾るのか、そして発酵後はオーク樽(たる)での貯蔵期間の選択など、ブドウに合わせて醸造家が慎重に見極めていかなければならない過程が多々あります。

ところで、飲み切れなかったワインはどうすればよいかと質問を受けることがあります。ワインは時間をかけて造られるので、無理して一本を空けようとせず、ぜひ数日かけて変化を楽しんでいただきたいとお答えしています。

また、この時期はホットワインなどもおすすめです。開栓したまま忘れてしまったワインがあれば、シナモンなどのスパイス、ハチミツやお砂糖、スライスしたレモンをお好みで入れ、沸騰直前まで火にかけると、寒い地域で親しまれているホットワインになります。身体が温まります。

醸造のお話に戻りたいと思います。私は職業柄、何でもすぐに香りを嗅ぐ習慣があるのですが、収穫期の朝、醸造所へ入り、発酵中のワインの香りを嗅ぎ、酵母がストレスなく発酵しているのを確認するととても安心します。一見難しそうな年であっても、醸造所で丁寧に一つ一つの過程を行っていると、ブドウの風味が魅力とともに引き出されていきます。それこそが冒頭で触れたブドウの底力です。

ワイン造りには、美しい世界が存在すると思っています。もろみの中で発酵する酵母は、一つの株とは限りません。酵母だけではなく、乳酸菌のような他の微生物と共生している場合もあります。人間の世界のように、争ったり、栄養を取りあったりするのではなく、慎み深い世界が存在しているかのようです。

ブドウ畑でも、作業をしながら観察していると、同じ品種であっても、樹によって違う顔をしていることに気付きます。そこには優劣などはなく、多様性や、さらには博愛的な世界が広がっているように感じることがあります。「これは売れそうだから」や「こういうワインを私が造りたいから」ではなく、私自身は、そのような自然への洞察や気付きからワインを生み出すことに尊さを感じています。

ブドウの樹そのものも、発酵を担う微生物も生き物です。ワイン栓であるコルクも自然由来であるため、ワイン一本一本にもボトル差はあります。貯蔵環境によっても、ワインの熟成速度は異なってきます。醸造家である私には、ワイン一本一本に命があるかのように感じられるのです。

一本のワインを造るまでには、醸造家のみならず、多くの方々の努力の上に成り立っています。中でも収穫や選果といった作業は、醸造家一人では成すことができません。収穫も、ただのブドウを摘む作業とは違います。例えば、ボルドーのトップワイナリーでは、朝露がブドウに付いてしまうのを嫌がり、収穫時間までを細かく指示します。

私自身も、できるだけ毎年同じ方々に収穫に来ていただけるように努力をする中で、一本のワインには、収穫に来てくださる方の人生のようなものも詰まっていることを感じています。そのことが、よりワインを命あるものにしているように思います。

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