正社員数が300人以下の中小企業では、人事の3本柱の「採用、定着、育成」が大企業のようには立たない傾向がある。採用試験にエントリーする人は少なく、入社後の定着率は大企業よりは低い。辞める社員が多いがゆえに、管理職になる倍率は低く、管理職の部下育成やチームビルディング力も高いとは言い難い。
こういう中から役員が選ばれる場合が多いのだが、一部には役員とはとても言えない人もいる。今回は、そんな役員を紹介しよう。ライバルを次々と辞めさせる男性Aである。
なお、今回の事例は筆者が取材したものであるが、特定されないように加工した部分があることをあらかじめ断っておきたい。本文中のB、C、Dは退職者であり、Eはこの会社から映像編集を請け負う会社の編集マンを意味する。これら4人から情報を得たのだが、ほかにも複数の退職者や編集マンからも話を伺った。
◆プロパー初の役員の素顔
この会社は、正社員数千人の放送局の子会社。正社員数は250人程で、売上は100億円近い。創業から20数年が経つ。主な事業は、放送局の番組の支援。たとえば撮影や映像の編集、音響効果など。ディレクターやプロデューサーが番組をつくることもする。
大きな特徴は、放送局からの出向や転籍が全社員の7割を占めること。3割がプロパーとなるが、定着率は低い。元社員であるB、C、Dによると2010年までは中途採用のみで、その時期までに入社した社員45人程のうち、35人以上が辞めているという。2011年から始めた新卒採用で入社した正社員は30代後半までは定着する傾向があり、プロパー社員の大半を占めるようだ。
役員は、4人。3人は放送局からの天下りで、1人がプロパーの50代半ばの男性Aで、創業期に入社した。当時20代半ばで、ディレクターとしての経験を買われたそうだ。だが、20代半ばで「経験」と言えるほどの実績を持つ人はこの業界ではほとんどいない。
◆将来有望な後輩の男を狙い撃ち
今回話を聞いた元社員Bは「当時の番組制作力は同世代と比べても低く、実際は未経験に近かった」と話す。実際、Aは後から中途採用で入ってくる社員で、将来有望視される男性を次々と辞めるように仕向けた。その数は、20人を超える。B、C、Dも、その中にいる。
元社員Bは「Aは部署の責任者である本部長や部長、副部長らのもとへ頻繁に行き、『彼は取材相手とトラブルを起こしたが、上司(部長)に報告することなく、隠している』と告げていた」と当時を回想する。
元社員Dは「あれは事実ではなく、ねつ造。だが、くどいほどに繰り返す。いつしか、本部長たちは、狙われた男性社員を異端扱いしていた」と話す。
Aは部署の女性社員には常にソフトに接する。狙った男性には口をきかず、挨拶すらしない。部内報や部の会議の議事録も、1人だけ回覧させないようにして読めないようにしていたという。ホワイトボードからも、氏名を消す。
◆言動の揚げ足をとり、いじりまくる
取引先の編集マンであるEは「Aは女性社員には『あの男は、取材相手とのトラブルを隠している』と吹聴していた」と明かす。元社員Cは「さらには、部員10数人の前で男性の言動の揚げ足をとるなど、いじりまくっていた。狙われた男性はしだいに孤立し、やる気を失っていく。自分たちもそうだった」と話す。
本来は管理職たちがAの言動を問題視し、止めさせないといけない。ところが、何もしない。この時点での管理職全員が放送局からの出向や転籍者である。出向者は、2~3年で放送局に戻る。転籍者の平均年齢は、50代後半。60歳の定年を前に波風をたたせたくないのか、見て見ぬふりを貫く。
この手口で次々と男性社員は辞めさせられる。残るのは女性のみだったようだ。女性たちも30代半ばまでに結婚などを機に退職する。女性で、Aを悪く言う人はまずいない。ある面では、人望があるのだろうか。結局、プロパーで社に残るのはAだけとなる。
◆課長だが、部長以上の権力を握る
「当時、Aは非管理職でありながら30代前半で怖いものがなく、やりたい放題だった。ますます、後輩の男性へのいじめをエスカレートさせ、追い出しを図る。38歳で課長になった時点で出向者である部長と副部長以上の権力を持っていた」(取引先の編集マンE)。同様の証言をする元社員はほかにも多くいた。
部員40人たちの企画や制作態勢、予算の分配、社員(ディレクター)の配置はAが決める。部長や副部長は出向者であり、部内を正確に把握できていないためだ。常にAにこれまでの事情や経緯を確認し、判断をする。Aに権限や権力が集中する仕組みが出来上がっていたのだ。部長らからは、相当な信頼を得ていたのだろう。
Aから執ようないじめを受けた元社員Bはクールに振り返るが、「Aはディレクターとしての実績は乏しいが、同世代のプロパーの社員がいないがゆえに大胆に仕切ることができた。ここまでの権限を持つ課長は、社内には1人もいない。前例もない。40歳前後で完全に部内を掌握していた」と言葉は厳しい。
◆上司には腰が低く、忠実なイエスマン
編集マンEは社外の者ではあるが、この会社に頻繁に出入りしていただけによく見ていた。
「Aは上司である本部長、部長、副部長には腰が低く、忠実なイエスマンとして行動をとる。いつもおしゃれで、バイクでさっそうと出社する。自分が優位でいないと不安になるみたいで、部員40人程のうち、特に将来有望なプロパーの男性社員を狙い続けた。男性たちが、Aの未熟なマネジメント力に不満を漏らすと、周囲が怖いと感じるほどにいじめ抜き、辞めるように仕向けていた」
捉え方によっては、Aは後輩の男性たちを熱心に指導していたと見ることができるのかもしれないが、元社員たちはそうは見ない。「一線を超えたパワハラ」「自分が中心にならないと、我慢ができないようだった」(元社員B)と指摘する。
◆異例の「出世」
Aは競い合う相手がいないから、昇格は早い。45歳で部長、48歳で執行役員となり、52歳でプロパー初の常務取締役となった。推定年収は、2500万円。プロパーでは、異例の「出世」である。元社員たちはAの優れた面を把握していなかったが、実は何かが優れていて、それを上司たちから高く評価されたのかもしれない。
EによるとAは今度は出向や転籍者を狙い、数を減らすように社長や専務に頼んでいるという。プロパーを増やし、自分中心の態勢をゆるぎないものにしたいようだ。それはプロパーにはいいことなのかもしれないが、転籍者からすると厄介な役員に映るのではないだろうか。
役員4年目の今、部員40人程の部署のほか、総務や経理などの管理部門の責任者も務める。部下は、70人に近い。4人の役員の中では、その数は最も多い。確かに会社員としては大出世であり、すばらしい実績と言えよう。だが、こういう会社ではさしたる実績がなくとも、在籍しているだけで何らかの役職に就く社員が少なくない。
まして、同世代の社員がほとんどいないならばある程度の権力を掌握できるかもしれない。Aのような管理職や役員が生まれやすいと言えよう。さてこの常務は専務に、そしてやがては社長になるのだろうか。
<TEXT/村松剛>
【村松 剛】
1977年、神奈川県生まれ。全国紙の記者を経て、2022年よりフリー