FIREを達成する方法はさまざまですが、そのひとつとして「極端な節約」があります。本記事では29歳でFIREを達成したヒトデ氏の新刊『1万回生きたネコが教えてくれた 幸せなFIRE』(徳間書店)より一部を抜粋し、月の生活費5万円、2万円のアパートで生活するFIRE達成者のエピソードをご紹介します。

〈登場人物〉

・佐藤智也…FIREしたいと願う25歳会社員。不思議なネコ小鉄を拾った。

・小鉄…1万回生きたネコ。人間の言葉を話す。これまでの猫生で見てきた飼い主たちのFIREの成功と失敗の記録を共有できる。今回は過去の飼い主である川崎理子(34歳)の記録を智也に共有。

・川崎理子…小鉄の元飼い主。

FIRE成功パターン:川崎理子(34歳)女性

月の生活費は5万円

彼女の部屋は、決して豪華ではない(むしろ年季が入っているように見える)が、とても丁寧に使われている印象だった。窓辺には淡い色のカーテンが軽く揺れ、外の風がそっと部屋に入ってくる。

窓際の小さなテーブルの上には、一冊の本と、シンプルな陶器のカップが置かれている。カップの中には、今朝淹れたばかりと思われるハーブティーがまだ温かさを保っているようだ。

リビングには、質素ながらも心地よさそうなソファが置かれ、その上には手編みのブランケットが丁寧に畳まれている。ソファの隣には小さな木製のコーヒーテーブルがあり、落ち着いた色合いの花瓶に季節の花が一輪飾られている。

「彼女が、理子さんです」

そんな落ち着いた部屋で、彼女はゆったりと読書を始めた。そこには、とても穏やかな時が流れていた。

「彼女は、とにかくお金を使いません。月の生活費は5万円です」

「5万円!?」

「資産は1,500万円で、年間60万円の配当収入があります。たまに単発でアルバイトをしたりもして月に2、3万円の稼ぎはありますが、それでも月に数日ですね」

経済的自立の定義を「資産所得>生活費」と考えるのであれば、彼女は確かにそれをクリアしていた。数日の労働をしているということで、厳密にはFIREと言えないのかもしれないが、そんな自由度の高い暮らしは僕にとって非常に魅力的だった。とはいえさすがに……。

「月5万円で生活は無理でしょ。家賃も払えないよ」

「そんなことはないですよ? とりあえず、彼女の暮らしを見てみましょうか」

女性の暮らしを勝手に覗き見るというのは、多少罪悪感もあったが、お風呂や着替えのシーンは小鉄の力で見事にカットされていた。小鉄は「勝手に覗き見する以上、尊厳を守るのは当然のことです」と当たり前のように注釈を述べた。

穏やかな日々

彼女の一日は、自分のリズムで始まる。目覚ましはかけずに自然と目を覚ます。

朝食には魚焼きグリルでトーストを焼き、庭で育てた新鮮な野菜を使ったサラダを添える。節約の一環として始めた家庭菜園のようだが、庭の野菜を愛でる様子から、節約と同時に大きな楽しみになっていることがわかる。土に触れ、植物が成長するのを見守る彼女の表情は、とても穏やかだった。

食事の後は、天気が良ければいつも散歩に出かける。近くの公園を歩きながら、季節の移ろいを感じている。野鳥のさえずりや風に揺れる木々の音が、心地よいBGMとなり、自然の中でのんびりとした時間を過ごす。

その後、ほぼ毎日、地元の図書館に足を運ぶ。無料で利用できる図書館は、読書好きの彼女にとって最高の空間のようだ。興味のある本を手に取り、静かな読書の時間を過ごす。今朝読んでいたのも、この図書館の本だった。

昼食の時間には、自作のサンドイッチを併設されている公園で楽しむ。穏やかな昼食を終えたら、再び図書館に戻ることも多かった。

夕方には、家で簡単な料理を楽しむ。節約料理を極めることが、いつの間にか趣味となったようだ。その甲斐もあって、食費は月1万円を下回る。お金をかけずに美味しい料理を作る。そのために工夫を凝らすのが楽しく、でき上がった料理を味わうことで、充実感を得ているのは明らかだった。

夜には、映画やドラマを見たり、趣味の一環である手芸に取り組む。段々と眠くなってきたら、自然とベッドに入り眠る。そんなのんびりとした暮らしを彼女は送っていた。

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理子さんが「FIRE生活」を選んだ切実な事情

「智也さん、彼女をどう思いますか?」

「なんていうか、平和というか、穏やかというか、〝精神的に豊か〟ってこういう感じなのかなぁって思うな。なんか憧れちゃうけど、逆に自分がこの暮らしをずっとできるかと聞かれたらできないかも……」

「そうですよね。あまり一般的な暮らしとは言えませんね」

「言い方悪いかもしれないけれど、仙人みたいじゃない? 欲とかないのかな?」

「理子さん、昔はすごくよく働く方だったんです」

「へえ、なんか意外だなぁ」

のんびりとした、穏やかな様子の彼女がバリバリと働いているというのは、想像がつかなかった。

「彼女はとにかく周りの期待に応える方でした。いつだって人からどう思われるかを気にしていて、親の目や先生の目を気にして進路を選び、周りが立派と言う会社に就職し、会社でも上司や同僚からの視線ばかり気にしていました。幸い能力が高い方だったので、それでもうまくやれていたのですが、そんなふうに誰かの期待に応え続ける日々を忙しく駆け抜ける中で、彼女は気づいてしまったんです。〝わたし、なんのために生きてるんだろう?〟って」

なんだかわかる気がする。親の反応や、世間体を気にして就職活動をしていた頃の記憶が蘇った。

「そうして理子さんはある日プツンと糸が切れたように、会社に行けなくなってしまい、退職をしました。元から全然お金を使わない人だったので、ハードワークの甲斐もあり、たくさんのお金が手元に残っていました。そのほとんど全てを高配当株に回して、地方都市の外れに引っ越してFIRE生活をしています」

「それはまたすごいな。でもさ、こんな暮らしって虚しくならないのかな?」

「では、実際に彼女の心情を聞いてみましょうか」

彼女の心の声が、自分のことのように聞こえてきた。