労働力不足に悩む日本で働く外国人が増える一方、川口市のクルド人問題など日本人との衝突も発生している。そんな中、今年4月、国会で実質的に「移民法」ともいえる制度改正が審議された。
一見、「劣悪な条件で働かされる外国人の労働改善」に見えるが、安易な法案成立に元内閣官房参与の髙橋洋一氏は警鐘を鳴らす。
本記事は『60歳からの知っておくべき地政学』の一部を再編集してお送りする。
◆技能実習法と入管法改正は愚策の「移民法」
2024年4月の衆議院議員補欠選挙の裏で、実質的に「移民法」ともいえる重要な制度改正が国会で審議されていた。しかし、このニュースは大々的には報じられなかった。
この改正では技能実習制度を廃止して、「育成就労」という新たな制度を導入した。育成就労制度では、試験などの条件を満たすことで、特定技能1号として最長5年間の就労が認められる。
その後、在留資格の更新に制限がない2号へ移行することができ、家族の帯同や将来の永住権申請も認められるようになった。
◆外国人の受け入れ期間の区別があいまいに
これにより、外国人永住者が増加する可能性はあるが、もし税金や社会保険料の未払いがあって国内での在留が適当でないと判断されれば、永住許可の取り消しもできるようになった。
一見すると、悪名高い技能実習が廃止されることで改良のように見える。それまでの技能実習は国際貢献を建前としながら、実際には安価な労働力の受け入れが目的だった。それが改正されたのだから。
筆者が問題視しているのは、育成就労(旧技能実習)から特定技能、永住権へ至る流れである。これをみる限り、今回の技能実習法と出入国管理法の改正は実質的に移民法だ。
一般的に先進国では、外国人の受け入れは短期と長期で明確に区別されている。しかし日本では、短期と長期の区別があいまいになってしまった。
◆外国人に日本を「選ばせるため」に資金を投入?
他国の例をみると、こうした条件は形骸化しやすい。たとえば大学卒業資格に関しても、問題となった小池百合子東京都知事のカイロ大学卒業の件のように、相手の大学が卒業と認めれば、それに従わざるを得ない状況がある。
世界の制度は国ごとに異なり、形式的な審査で不正を防ぐのは難しいのだ。
今回の制度改正の基礎となったのは、2023年11月に法務省が発表した報告書である。その中で筆者が奇妙に感じたのは、「外国人材に我が国が選ばれるようにすること」や「外国人との共生社会の実現を目指すこと」という趣旨が記されている点だ。
大前提として、日本が外国人を選び取るシステムを作るべきであり、外国人に日本を選ばせるために資金を投入するのは、制度設計として適切ではない。
◆時代錯誤な「共生社会の実現」で国益損失
一部の欧米諸国の真似事である「共生社会の実現」という考え方は、時代遅れだ。実際、欧米では共生社会を目指した結果、文化や風習が大きく異なる外国人との間で摩擦が生じ、社会問題となっている。
もし仮に外国人受け入れが経済成長に貢献するのであれば、それに対応する政策が考えられるだろう。一般的に、外国人受け入れは国内の社会保障制度に負担を与えるが、経済成長によってそのマイナスを補うことができれば外国人受け入れも一つの選択肢となり得る。
そこで筆者は、移民人口比と経済成長の関係を調べてみた。
◆移民政策を推進すれば我々の賃金上昇が抑制される
国連のデータを基に2010年から2022年の各国の移民人口比と経済成長率をプロットした結果、移民が経済成長に寄与するという明確な傾向は見られなかった。逆に、移民人口比が高い国は経済成長しないという相関もなかった。
移民政策を推進すれば移民人口は増加するが、経済成長とは無関係ばかりか、社会的コストが増加してしまう。特定業界での労働コストが低下し、その結果、賃金上昇が抑制されてしまうという問題も発生することが判明している。
◆外国人労働者を受け入れた業界の現状
2018年11月19日付の「現代ビジネス」のコラム記事でも、外国人労働者を受け入れた業界で賃金上昇率が低下しているという実証分析を紹介している。
移民は受け入れ企業にはメリットがあるが、その業界の日本人労働者にとっては大きな不利益だ。社会保障コストがかかり、さらには社会不安を招く可能性もある。
2024年5月、バイデンは日本や中国の経済が低迷している理由として「外国人嫌いで移民を望んでいないからだ」と発言。これに対し、日本政府は「事実に基づかない発言があったことは残念だ」と述べ、日本の移民政策について説明した。
◆相手国の自国民に対する扱いと、自国における相手国民に対する扱いは同等にすべき
しかし、もし日本政府が今回の制度改正で「移民を受け入れる」と説明していたなら、それは大問題となるだろう。それが日本にとっていかに大きな問題をはらんでいるかは、移民受け入れに積極的とされる竹中平蔵ですら問題点を指摘しているほどだ。
特に「外国人受け入れに関する基本戦略」の策定は重要であり、筆者は外国人受け入れに際して、社会保障の適用について原則として相互主義を導入すべきだと考えている。相互主義とは、相手国の自国民に対する扱いと、自国における相手国民に対する扱いを同じようにすることだ。
そうでなければ、生物界で外来種に在来種が駆逐されるように、日本の社会保障制度が崩壊してしまう可能性がある。国民がこの移民問題の深刻さに気付いた場合、欧米のように国政選挙に影響を与えて右傾化が進む可能性もある。
<文/髙橋洋一 構成/日刊SPA!編集部>
【髙橋洋一】
1955年東京都生まれ。数量政策学者。嘉悦大学ビジネス創造学部教授、株式会社政策工房代表取締役会長。東京大学理学部数学科・経済学部経済学科卒業。博士(政策研究)。1980年に大蔵省(現・財務省)入省。大蔵省理財局資金企画室長、プリンストン大学客員研究員、内閣府参事官(経済財政諮問会議特命室)、内閣参事官(内閣総務官室)等を歴任。小泉内閣・第一次安倍内閣ではブレーンとして活躍。「霞が関埋蔵金」の公表や「ふるさと納税」「ねんきん定期便」などの政策を提案。2008年退官。菅義偉内閣では内閣官房参与を務めた。『さらば財務省!』(講談社)で第17回山本七平賞受賞。その他にも、著書、ベストセラー多数。YouTube「髙橋洋一チャンネル」の登録者数は123万人を超える。