堅実なマネー運用の選択肢の一つとして定着している「ふるさと納税」。寄付側にとっては、2000円の持ち出しはあるものの、それを上回る価値のある返礼品を獲得することで“利益”を得られる仕組みで、広く浸透している。
一方、寄付を受ける自治体側にとっては必ずしも恩恵があるとはいえない。魅力的な返礼品で、毎年多額の寄付を集める自治体もあるものの、制度の歪みによって不利益を被っている自治体もある。顕著なのが、特別区といわれる東京23区だ。
特別区の税収は流出しつづけている(特別区長会HPより)
こうした現状を受けて、23区長らで構成される「特別区長会」は10月、声明を発表。踏み込んだ言葉でふるさと納税制度のあり方を批判した。
「令和6年度の住民税の減収額は、特別区全体で約930億円となり、これは特別区民税の10%に迫る規模。
平成27年度からの減収累計額は4500億円超に及んでいます。ふるさと納税制度は、地方自治体の行政サービスに要する経費を地域の住民が負担し合う住民税の在り方を逸脱し、地方自治の根幹を破壊するものです。
いまこそ、制度を巡る様々な問題に対処すべく廃止を含めた抜本的な見直しを行うべきです」
「地方税収の格差」は誇張されている
<人口の多い東京は税収が突出している>。これは人口1人当たりの地方税収の格差是正の必要性を訴えるロジックだ。しかし、実際には、地方交付税交付金の交付を受けられない東京都や東京23区の財政状況と、交付を受けられる他の自治体との間に、それほど顕著な差があるとまではいえない。
地方交付税を含めると東京と地方の格差は大きくはない(特別区長会HPより)
むしろ、地方交付税交付金の不交付団体であるがゆえに、外部に税収が流出した結果、財源が不足が生じても、カバーしてもらうこともできないという問題もある。
こうした事実が見逃されがちであるため、特別区はふるさと納税によって、文字通り、区民税を流出させてしまっている。
千代田区が“参戦”を決めた背景
「ふるさと納税による減収額は年々増加しており、今後も拡大していく可能性が高い状況です。区予算の歳出については、子ども・子育て施策、デジタル化の推進、公共施設の機能更新など、多額の財政負担が伴う課題が山積しており、今後の政策課題にも柔軟に対応できる財政基盤を維持する必要があります。そのため、ふるさと納税による減収額の圧縮が必要であるとの判断に至りました」
こう説明するのは、10月からふるさと納税に参戦した千代田区だ。これまでは制度への不満もあり、参加を見送っていたが、深刻な税収減をみすみす続けるわけにはいかず、背に腹は代えられない決断で、名乗りを上げた。
千代田区の“戦い方”
千代田区といえば東京のど真ん中、大手企業や皇居、日本武道館、国立劇場、東京国際フォーラムなどを擁する、「ザ・東京」といえるエリア。街としての魅力にあふれる。一方で、多くの人が「観光で訪れる場所」であり、あえてふるさと納税の返礼品を獲得するニーズがあるのかは未知数だ。
その点について千代田区総務課課長の佐藤氏は次のように戦略を明かす。
「千代田区では、地方都市のように豊富な農産物や水産加工品を返礼品として提供できるわけではないため、次の2点を念頭に置いています。
1点目は、区内にある企業の製品を返礼品とする中でも、江戸、明治、大正、昭和と時を重ねてきた伝統と歴史ある老舗の返礼品の充実を心掛けることです。
2点目は、千代田区に足を運んでいただき、家族や友人と千代田区で過ごす時間、千代田区の魅力を感じて過ごす体験を楽しんでいただける、または役務の提供を受けられる返礼品や電子商品券を用意することです。
ふるさと納税をきっかけに区外の方々に千代田区の個性的なまちに足を運んでいただき、区の魅力を知っていただくことは、周辺地域の活性化につながるものと考えています」
知られざる千代田区の魅力をしっかりとPRしつつ、体験も提供することで地域活性化につなげるーー。地方がともすれば「お得感」を打ち出しがちなのとは対照的に、シンプルに地域の良さを知ってもらうことを大切にしている点は、ふるさと納税の在り方に対する皮肉のようでもある。
魅力的な返礼品を並べ逆襲へ(ふるなびより)
開始から約2か月が経過しているが、滑り出しは順調だ。日比谷松本楼のカレー/デミグラスハンバーグ、江戸時代からそばのまちとして知られる神田でのそば打ち体験などが人気で、区内の施設でも使えるPayPay商品券、楽天トラベルクーポン、ふるなびトラベルクーポン、チョイスPayなどの電子商品券も好評という。
「街並みの良さ、個店の良さなどは、観光のガイドブックを読むだけでは体感し得ないもので、実際に訪れ五感で触れることで実感できるものだと思います。
区内のホテルやレストランで使える電子商品券をお店で利用する道すがら、区内の各地を散策したり、返礼品の食品が自宅に届き食べてみたら美味しかった、じゃあ次は直接お店に行って食べてみようなど、体験を通じ、より千代田区に親しみを感じてもらえれば。
千代田区は、エリアごとにさまざまな顔(特徴)を持っています。サブカルチャーの秋葉原、本といったら神保町、楽器街のお茶の水、スポーツ店街の小川町、官庁街の霞が関に政治の中心地・永田町など。
また、江戸時代の政庁であった江戸城(現・皇居)と、近代都市国家の象徴である大丸有(大手町、丸の内、有楽町)地区の高層ビル群も擁しており、400年余の時間の対比が、内堀通り・日比谷通りを一つ挟んで感じ取れるというのも、悠久の浪漫を感じられるポイントです。
返礼品を通じて、千代田区にぜひとも来訪し、地域の魅力を肌で感じていただきたいと思っています」(佐藤氏)
高所得者に有利、都市部居住者の他地域への寄付による税収流出(住民税収入の減少)、寄付の動機が返礼品目当てになり真の寄付文化が育たないなど、制度開始以来付きまとう問題はいまだ十分な改善に至っていない。
廃止も含めた見直しを迫る特別区にとって、ふるさと納税への参戦は苦渋の決断といえるが、寄付者の目を東京に向けることができれば、ひとまず最低限の一矢を報いることにはなるかもしれない。