虐待を未然に防ぐため…“元福祉士の弁護士”が精神科病院を相手に「前例のない法的措置」 “不当な長期隔離入院”の患者に「司法の救済」を与える方法とは

12月12日、東京都内の精神科病院であるA病院に7年近く入院状態にある甲さん(60代・男性)が、退院を認めない病院を相手取り、東京地裁立川支部に「隔離処遇の解除」を求めて「仮処分命令の申立て」を行った。

「仮処分命令の申立て」は、それに引き続いて民事訴訟を提起し、判決が出るまでの間、「仮の権利救済」を求める手続きである。そして、本件では、A病院に対する「退院請求の訴え(処遇改善請求)」を起こすことを予定している。

このような「隔離処遇の解除の仮処分命令の申立て」「退院請求の訴え」はいずれもわが国では前例がない。なぜなら、都道府県の精神医療審査会への「処遇改善請求」のしくみがあるからである。にもかかわらず、なぜ、あえてこのような手段を選んだのか。甲さんの代理人で精神保健福祉士の実務経験がある相原啓介弁護士は18日、記者会見を開き、その意図と背景事情について説明を行った。

「虐待に至る、もっと手前でストップさせることが大切」

相原弁護士は、入院患者への虐待が報道された八王子の「滝山病院」の事件で、患者側の代理人を務めていることで知られる。

会見の最初に、本件の重要性について、次のように訴えた。

相原弁護士:「今回お話しする問題は、滝山病院で行われたような『虐待』とは異なり、世間の耳目が集まりやすいセンセーショナルな事柄ではない。

しかし、虐待に至る、もっと手前で問題を発見し、大事件にならないうちに防止することが大切だと考え、会見を開くことにした。人の生死にかかわることだ。この問題を多くの人に知って欲しい」

症状が好転したのに事実上の「入院強制」と「閉鎖病棟への隔離」

相原弁護士は、甲さんの資料を示しながら、説明を行った。

相原弁護士の話、および裁判所に提出された「仮処分命令申立書」等の資料によれば、本件の事実経過は以下の通りである。

甲さんは2018年2月に精神疾患を理由として「医療保護入院」となった。これは医師の判断と家族等の同意によって本人の意思に基づかずに行われる入院である(精神保健福祉法33条)。

【図表1】医療保護入院の流れ(出典:厚生労働省「医療保護入院制度について」)

その後、今年4月から本人の意思に基づく「任意入院」へと切り替わった(法20条)。

ただし、甲さんは退院の意思を示しているが、退院後に帰宅する家がなく、A病院も受け入れ先を見つけることに協力しないため、事実上、退院できず、「任意入院」を続けなければならなかったという事情がある。

それでも、相原弁護士は、看護師とソーシャルワーカーの協力を得て、退院後の生活へ向けた障害認定の区分調査の申請を行い、11月に調査が行われることになった。

ところがその矢先、甲さんは閉鎖病棟内の施錠された「保護室」に隔離され、身体の自由がない状態におかれた。このことについても主治医は説明に一切応じず、理由が分からないまま隔離が継続され、認定調査をキャンセルせざるを得なかった。

相原弁護士は、この一連の経過に関する法的問題を、以下のとおり指摘した。

相原弁護士:「昔は、精神疾患の患者に対して、国の政策として病院に長期間収容する政策がとられていた。しかし、今は政策が転換され、入院はあくまでも治療の手段にすぎない。いずれ退院することが前提だ。

特に、4月に精神保健福祉法が改正され、措置入院・医療保護入院いずれも、入院して7日以内に退院支援のための相談員を付し、退院支援を始めることが義務付けられた。つまり、法律上、強制的に入院させることと、退院支援はセットでなければならない制度設計になっている。

ところが、医療機関の中には、法令を遵守していないところも多い。甲さんについては、法で義務付けられた退院支援が実質的にまったく行われていない。主治医に治療内容や今後の方針等について説明を求めても、まったく応じてくれない状態が続いている」

隔離室の運用も「違法状態」

また、相原弁護士は、A病院の隔離室に4年間収容されていた別の患者・乙さんのカルテを示し、A病院での隔離室の運用に問題があったと訴えた。

相原弁護士:「隔離室は狭く独房のような場所だ。ベッドが1つと便器があるだけで、監視カメラによって監視されている。入っていること自体がストレスになり、決して人を、しかも精神疾患の患者を長期間収容すべき場所ではない。

本来、隔離が認められるのは、自傷・他害のおそれがあり他の方法ではどうしようもない場合に限られるはずだ。

ところが、開示されたカルテを見ると『おちついている』『やすめた』等ばかりだった(【画像】参照)。これで4年も隔離室に入れられてしまっていた。明らかに違法だ」

【画像】A病院で4年間隔離室に収容されていた乙さんのカルテ(2015年3月14日~16日)(相原弁護士提供)

また、乙さんに関しては、病院の『応召義務違反』の問題もあるという。応召義務とは、患者から治療を求められた場合に、正当な理由なく拒否してはならないという義務である。

相原弁護士:「患者は退院後も、しばらくは同じ病院に通院して治療、経過観察を受ける必要がある。

ところが、A病院は、退院後の通院を希望しても『迷惑なので受けたくない』と拒否している。もちろん、医師の応召義務はある程度緩やかに解されており例外もある。しかし、4年も隔離入院させた人を断るのは、明らかに違法ではないか」

事実上、機能していない「精神医療審査会の審査」

入院患者の処遇改善については、都道府県の「精神医療審査会」に処遇改善請求を行い、審査してもらう手段がある。しかし、相原弁護士は、この手続きが事実上、十分に機能していない実態があると指摘する。

相原弁護士:「特に退院請求の認容率は、年にもよるが2~3%にとどまる。しかも、審査している形跡が見受けられない。カルテを読んでいなかったり、話を聞かずに帰ったり、機能しているとは到底考えられない。

また、精神医療審査会の審査には2~3か月かかる。これでは時間がかかりすぎる。

病院は、患者に弁護士がついて処遇改善請求を行っても、まったく怖くない。むしろ、『ここまで弁護士にやってもらってダメだったんだから』などと、患者に退院をあきらめさせるよう説得するための材料にさえされてしまっているのが現状だ」

弁護士会も「声明」を出したが…

この事態に対し、日弁連が2021年と2023年の2回にわたり、改善を求める声明を出した(※)。その内容を要約すると以下の通りである。

・精神医療審査会の審査の手続きに患者側からの不服申し立ての仕組みがない
・病院が負けた場合は不服申し立て
・行政訴訟というルートがあるのと比べ、不公平である

しかし、相原弁護士は、この声明には重大な問題意識のズレがあると指摘する。

※日弁連の2つの声明
精神障害のある人の尊厳の確立を求める決議(2021年)
精神保健福祉制度の抜本的改革を求める意見書~強制入院廃止に向けた短期工程の提言~(2023年)

相原弁護士:「制度の不備の問題ではない。そもそも、精神医療審査会の審査は行政手続きではないのだから、患者側からの不服申し立ての制度をおく必要がないはずだ。

『措置入院』は都道府県知事の命令に基づき行われる行政処分だが、『医療保護入院』の決定には行政が関与せず、そもそも行政処分にあたらない(【図表2】参照)。

『医療保護入院』は、あくまでも私人である病院が、私人である患者を拘束することを認めるものだ。そして、それが一生続けられかねないしくみになっていること自体が問題だ。

問題の本質はそこにある。

『精神医療審査会の審査』の手続きが法的に強制されるいわれはないはずだ。日弁連は明らかにその点を見落としている。

公開の法廷で裁判を受ける権利がある。もっとストレートに、民事上の手続きに則った権利救済がなされてしかるべきだ」

【図表2】精神疾患の患者の入院の類型(出典:厚生労働省「医療保護入院制度について」)

前例のない「民事上の手段」だが“証明責任”の関門をどうクリアするか?

相原弁護士が行った「隔離処遇解除の仮処分命令の申立て」と、これから予定している「退院請求訴訟の提起」は、これまでに前例のない手段である。

あえて、前例のない方法に踏み切った理由について、相原弁護士は語る。

相原弁護士:「本来、処遇改善の請求、退院の請求は、患者の人格権侵害をやめさせるためのものだ。

そもそも保護入院や任意入院は、行政手続きに基づいて処分として行われたものではない。『私人対私人』の問題なので、本来は民事の問題だ。したがって、『精神医療審査会の審査』の手続きとは別に、患者は病院に対し直接、退院請求の訴訟や、仮処分ができるはずだ。

『精神医療審査会の審査』は早くても2か月、ふつうは3か月ほどもかかってしまう。仮処分のほうが早い。

裁判所は類型がないので戸惑うかもしれないが、『よく考えたらできないわけがない』という結論以外になりようがない」

「前例はないが、できないわけがない」と話す相原弁護士(12月18日 東京都内/弁護士JP編集部)

民事訴訟・仮処分のルートで争うことができるとして、次の関門として想定されるのは「医師の専門技術的な裁量」である。

伝統的に、裁判所は、医師の専門技術的裁量を尊重する判断を行ってきているという側面がある。その背景には、裁判所が法律の専門家であっても医学の専門家ではないという自制がある。

しかし、この点について、相原弁護士は、民事訴訟の「証明責任」のしくみ(要件事実論という)に沿って説明したうえで、楽観的な見通しを示した。

相原弁護士:「本件の審判対象は、『人格権に基づく妨害排除請求』だ。

本来、人は自由に動き回れるという大原則がある。したがって、原告側は、被告によって一定の場所に閉じ込められているという事実を主張立証すればよい。その段階で『人格権に基づく妨害排除請求権』という『請求原因』について、主張立証責任が尽くされたことになる。

これに対し、今度はA病院が、『精神保健福祉法に基づいて適法に隔離している』ということを裏付ける根拠となる事実について主張立証責任を負うことになるはずだ(抗弁という)。

私が期待しているのは、適法性を裏付ける根拠事実として、病院側が『医学界では、一般的な医学水準としては症状等がどの程度の場合に隔離してよいと考えられているのか』ということの主張立証を求められるのではないかということだ」