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●今年リニューアルを果たした『万平ホテル』の女子ひとり旅。ファンを魅了するその理由を探りつつ、かけがえのない思い出となった滞在記をお届けします。
新幹線に揺られ、冬の軽井沢駅に降り立つと、都会から流れてきた一切を洗い流すような澄んだ空気が流れていました。深呼吸して向かったのは、避暑地・軽井沢の歴史を体現するようなクラシックホテルの『万平ホテル』。
タクシーに乗り込んで、軽井沢本通りから万平ホテルまで、別荘地のなかを抜ける万平通りを進むと、木洩れ日の中に瀟洒な別荘が点々と見え、静けさの中から鳥の囀りさえ聞こえてきそう。
改修後の外観。壁や屋根の塗装は当時の色を忠実に再現。入り口にあった階段をなくし、全体をなだらかなスローブにし、バリアフリー対応に変えている
そうして森の中から現れたのが今回の滞在先、日本ホテル史上で貴重な歴史的建造物であるクラシックホテル『万平ホテル』です。1894年(明治27年)の創業から130年を迎え、初めての大規模回収・改築工事を実施。今年、新しい歴史を歩み始めることになりました。
常連客の方々が心待ちにしたリニューアル後のオープン。ハーフ・ティンバー風の外観意匠がそのまま再現され、風景に溶け込んでいました。その佇まいには“古き良き”という言葉が浮かぶ、クラシックホテルならではの風情と楽しみに満ちあふれています。
女子ひとり旅には贅沢すぎるほど、いやひとりだからこそ想い馳せるものが多かったホテル旅。さあ、中へ入っていきましょう!
一歩踏み入れた瞬間から、新たな歴史を刻む優雅さを体感
ホテルのロビー
入ってすぐ、その重厚感あふれる佇まいに心がやけに落ち着いていきます。朱赤の絨毯に調度品や窓を彩るステンドグラス、そしてオリジナルのアロマな香り。なんて素敵な空間!
格式のあるホテルではありますが、迎えてくれたスタッフの気さくなお出迎えに、帰ってきたと感じさせる優しさが滲み出ていました。
万平ホテルのシンボルの一つ、「アルプス館」のステンドグラス
陰影のある回廊、ディテールの意匠に恋する
「アルプス館」の回廊
宿泊棟は「アルプス館」「愛宕(あたご)館」「碓氷(うすい)館」の3つに分かれ、館内の通路で繋がっていますが、どれもインテリアや趣が全く異なっているのです。そんな趣向で巡るとまた、楽しみも増すもの。
特別に見せていただいた「アルプス館」の客室へと向かう回廊から美しい陰影に満ちていて、自然と歩みも心もゆったりとしていきます。
アルプス館 クラシックプレミアの客室
「アルプス館」は、昭和11年の建築時から多くの賓客に愛されてきました。まさに、万平ホテルを象徴するようなクラシカルさ。客室には和洋折衷のインテリアを受け継いだ空間が広がっていました。
丸いペンダント照明、ガラス障子に伝統工芸の軽井沢彫が施された家具、憧れの猫足のバスタブ。少しの間でしたが、普段、体験できない空間に身を置くひとときに幸せを感じてしまいます。
枕元の照明や時計、猫足タブなどディテールに心が躍ります
エレベーターホールに変わった空間も
今回の改修でアルプス館に新設されたエレベーター。その窓際には大正時代に使われていたという素敵な椅子と、軽井沢彫のテーブルが。実はこれ、元々客室があった場所を生かしていて、窓際まで行くと謎のスペースまで残っています。そんな粋な造りを発見できるのもリニューアルの面白さかもしれませんね。
天然温泉の湯を設えた「愛宕館」
今回宿泊したのが、新たに内風呂に天然温泉の湯を設えた「愛宕(あたご)館」。先ほどのアルプス館とはまた違い、モダンさが融合しています。
西洋家具と組子格子といった伝統意匠がうまく散りばめられ、窓からは軽井沢の四季折々の景色が広がる。新しいのに、落ち着きがある。窓際の椅子に座ってしばし、くつろぐ瞬間がなんとも心地いいのです。
思い出に残る場所には、忘れられない瞬間が訪れる
ぼんやりと素敵な空間に身を置いていると、ふと、忘れられない旅先のホテルを思い出しました。それはシチリアで泊まった修道院を改修したホテル。広々とした室内にはアンティークの家具が置かれ、窓の外からは美しすぎるまでの海辺のサンセット。静寂の中に波音が響いていて、思いがけない同行者の赤裸々な話を聞いた。そんな思い出。
掛け流しの状態で入れる温泉の内湯。柔らかなお湯に癒されます
歴史ある場所の前では特に着飾る必要もなく、自分を振り返る瞬間があるのでしょう。
窓際で、ベッドの上で、湯に浸かりながら静寂を楽しみ、さまざまな思いを巡らせ、好きな音楽をBGMに身を委ねたり。少しずつ降り積もる大切な時間が愛おしいんですよね。
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ベルの合図でディナーへ。芸術的なダイニングで味わう伝統の料理
アルプス館1階のメインダイニングルーム [食楽web]
17時半になると、メインダイニングルーム前で、ディナーのスタートを知らせるベルの音色が響きます。さあ、お楽しみの食事タイムの始まりです。
会場はまるで、古き良き時代の社交場。ダンスホールとして使われていたこともある空間には、アイコン的な存在のペンダント照明、開業当時の軽井沢を描いたステンドグラス、格天井の美しさに圧倒されます。
建築当時と変わらぬ格天井が格式をたたえた空間
万平ホテルの滞在に欠かせない、ディナータイム。普段体験できない優雅さと料理との出会いに、鼓動が高鳴るのを感じます。
クラシックホテルの料理の伝統と革新
伝統フレンチが味わえるシグネチャーコース「けやき」 1名2万1000(税込・別途サービス料15%)。写真は「信州サーモンとクレソンのタルタル ベアルネーズソース」
いただいたのは、地産地消を取り入れたシグネチャーコース「けやき」。ペアリングのワインをいただきながら一皿一皿、大切に味わっていきます。
リニューアルに伴い、新料理長に就任したのが、フランスの星付きレストランをはじめ、数々のレストランで料理長などを務めてきた大橋 進シェフ。重厚感あふれるクラシカルフレンチの伝統を受け継ぎつつ、地産地消の食材、豊かな香りを取り入れて、軽やかな味わいを引き出しています。
例えば、最初に味わった冷前菜「信州サーモンとクレソンのタルタル ベアルネーズソース」。スタートからその軽やかな一皿に感激。継承してきたベアルネーズソースに、ハーブの香りがアクセント。箸休め的なトップのハーブ、ブルーベリーの合わせ方。一皿に豊かな香りと味わい、驚きが隠されていました。
「サーモンのタルタルにブルーベリーが合うの? と思いながら、おおっ! と馴染んでいく。添えられたレモンを噛んでもらうとまたワントーン、味が変わる。ソースを合わせながら味わっていただきたい」と大橋料理長。
「国産牛フィレ肉のグリル 安曇野わさびと赤ワインソース」。秘伝の赤ワインソースと、安曇野山葵の2種で味わえる。コース全体の量も絶妙!
ソースなどをうまく組み替えながらも、ファンの方々の舌を満足させる伝統の味を守ること。それはホテル全体のリニューアル同様、難解で複雑、そして愛のあるチャレンジであるな、と一皿一皿からひしひしと伝わってきました。
大橋 進料理長
大橋料理長に今後についてちょっと伺ってみました。
「私はまだ入って3、4ヶ月ですが、裏で働いているスタッフは20年、30年と万平ホテルの料理を支えてきた人たち。私が色々と変えるのではなく、昔からいるスタッフにテーマを与え、これから50年先を見据えたヒット作を作り上げたとき、万平らしくも新しい料理が生まれるのではと思っています。
今まで継承してきたことを少しずつ組み替え、積み重ねていくことで、訪れた人に相変わらない味、美味しいものがあると思ってもらえたら良いですね」
食後はクラシカルなバーでカクテルを
名物カクテル「軽井沢の夕焼け」(一番奥)など、バーテンダーこだわりの一杯も
食後にバーで過ごすのも、ホテステイならではの楽しみ。オーセンティックなバーで、柔らかな照明の光に照らされながら、美しくもジューシーなカクテルを一杯。
まるで映画のワンシーンに没入したようなムーディーな気分。一人もいいけど、大切なあの人と目配せさせながら味わってみたいなんて思いながら、じっくりと、時にバーテンダーと会話しながら過ごすのも忘れられない思い出になります。
このあとはお部屋で柔らかなパジャマに着替えて、くつろぎながらお酒の続きを楽しむのもいいかも。明日の朝のモーニングも楽しみに、満たされた夜が更けていきました。
※万平ホテルのモーニングの様子はまたご紹介します。お楽しみに!
(撮影・文◎草地麻巳)
●DATA
万平ホテル
https://www.mampei.co.jp/