劇団四季の看板俳優のひとりとして『オペラ座の怪人』『美女と野獣』など数々の名作で主役を務めた飯田洋輔さん。劇団を退団し、まもなく開幕するミュージカル『レ・ミゼラブル』の主人公ジャン・バルジャン役で、再デビューに挑みます。40歳という大人の今だからできる挑戦とは? 作品を通して新しい自分に向き合う日々、その実感を伺いました。

虐げられた人物の野蛮性を、いかに表現するか。これまで経験しなかった課題に直面

オペラ座の地下に潜む怪人の孤独な魂。恐ろしい野獣の身中にともる愛の灯。磨き抜かれた歌唱力と誠実な演技で名だたるミュージカルの大役を担い、その姿と心情を表現してきた飯田洋輔さん。20年間在籍した劇団四季を退団ののち、ミュージカルの金字塔『レ・ミゼラブル』への出演が発表されたのは、今年6月のことでした。その歌声がはじめて聞けたのは、10月半ばに帝国劇場で行われた製作発表会見。ジャン・バルジャンは死んで、生まれ変わるのだ――作品序盤で歌われる『独白』の絶唱は、大劇場に満ちた期待の空気を大きく震わせました。

「帝国劇場で歌うのもはじめてだし、人前で披露するのもはじめて。通常、コンサートでも歌うような曲ではないので、その意味でもハードでしたが、終わった後、カンパニーの皆が声援で鼓舞してくれたのが嬉しかったですね。バルジャン役のベテランであり、同じ劇団の先輩でもある吉原光夫さんから『もう勝ちでしょ!』と声をかけていただいたのも。でも、その後の稽古で、あの時には感じなかった課題を見つけることになり、ずっと悩みながら役を作り上げていくことになるんですが……」

飯田さんにとって、大きなハードルとなったのは、ジャン・バルジャンの凶暴性をもはらんだ野蛮さを表現すること。パンひとつを盗んだ罪で19年間投獄され、理不尽な仕打ち受けて心身ともに荒廃した人格を体現することは、これまでのキャリアでは経験しなかった新境地でした。

「演じてきた作品の中には本当の意味での人間の野性味に取り組む役は少なく、また、所属していた劇団での芝居づくりの方法論にもなかったものだろうと思います。そうした環境に長くいたことで、僕自身もやはり、どこか自分の心に鍵をかけていた部分があったのかもしれないなと感じましたね。逸脱しないように、表現しすぎないようにと」

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いつかは挑戦したかった大作。決断するのは、今しかない

もともと『レ・ミゼラブル』は、その出会いのときから長く心の中で特別な位置にあった作品だったといいます。合唱団に所属する両親のもと幼少時から歌に親しみ、中学生で観た『キャッツ』をきっかけにミュージカルに魅せられた飯田さん。“レミゼ”の存在を知ったのは、長じて進学した東京藝術大学でミュージカルサークルを立ち上げた後でした。

「大学に入るまでは、四季の作品しか知らなかったんです。でも、サークルで『レント』や『ミス・サイゴン』といった海外の作品をよく観ている仲間と知り合い、レミゼを観に行って、その音楽の素晴らしさと世界観の壮大さに衝撃を受けて……。その後、仲間たちとコンサート形式でレミゼを上演した際、たまたまバルジャン役を僕がやることになったんですが、最近、当時の友人から聞いたんです。その頃から『俺、いつかバルジャンやるわ』と言っていたと」

在学中にオーディションに合格し、憧れの劇団四季でミュージカル俳優として歩み出した飯田さん。作品の力と言葉の表現を第一に尊重する厳しい稽古場で磨かれた気品は、俳優としての大きな武器になりました。しかし、そこから一歩先に――その思いは、いつしか自然に自身の中に芽生え始めたといいます。

「自分の年齢とキャリアを思ったとき、このまま劇団にいるべきなのか?ということを考え始めた時期があって……そのタイミングと、バルジャンという役との巡り合いが、ちょうど重なったんだと今は思っています」

年齢的にも経験的にも、その役にはまらなければ、なかなか決断できないことだったと、飯田さん。

「もちろん、劇団を出ることは大冒険です。ただ、常にチャレンジングでありたいということは、劇団の中にいたときからも思っていましたから……。劇団に入ったのも、そこでいい作品に巡り合い、出演し続けられたのも、僕にとっては挑戦の連続だった。だから、次は何の作品をやりたい、そのための場所を選んでいきたいというのは、自然な流れだったんだと。それはきっと、大人になってからどんな新しい挑戦をする人にとっても同じだと思うんですが」