パワハラ、体罰、過労自殺、サービス残業、組体操事故……。日本社会のあちこちで起きている時代錯誤な現象の“元凶”は、学校教育を通じて養われた「体育会系の精神」にあるのではないか――。
この連載では、日本とドイツにルーツを持つ作家が、日本社会の“負の連鎖”を断ち切るために「海外の視点からいま伝えたいこと」を語る。
第8回目は、誰かが大変なときに「周りも大変だから」という思考に陥ってしまうことへの注意喚起です。
※この記事は、ドイツ・ミュンヘン出身で、日本語とドイツ語を母国語とする作家、サンドラ・ヘフェリン氏の著作『体育会系 日本を蝕む病』(光文社新書)より一部抜粋・構成しています。
全員が延々大変なまま
人生、高望みをしないことで得られる幸せもありますが、それにしても気をつけたいのは、自分自身が「いき過ぎた奴隷根性」を持つこと。
たとえば派遣会社に中抜きされて給料が低いのに「自分はそれで満足」と納得していたり、名ばかり正社員でサービス残業や土曜・祝日出勤も当たり前の「会社漬け」生活なのに、「これでいいのだ」と思っていたりする日本人は、他の先進国の人から見たら信じられないぐらい自尊心が低過ぎます。
もちろん世の中はすんなりいくことばかりではないので、条件の悪い仕事でも我慢しなければいけない時もあります。でも、その状態が長期間続いているのに、自分がそこから逃げ出す気力を失い思考停止に陥ってしまうと、せっかくの人生をムダにしてしまいます。
ニッポンでは、個人が「大変だ」と愚痴をこぼすと「周りはもっと大変なんだから」といった旨の反論をする人が昔からいます。それは励ましの意味で言われることもあるので、決して悪意を伴うケースばかりではありません。
ただ、自分が大変な時に「周りも大変だから」と思うようになれば、全員が延々大変なままであり、状況が進展しないのは大きな問題です。
『体育会系 日本を蝕む病』光文社新書より
自分が今置かれている状況を冷静に分析すべし
さらに深刻なのは、いったん「周りも大変なんだから」と考える癖を身につけてしまうと、自分の周りにいる「大変でない人」が腹立たしく思えて仕方なくなることです。
やがて、その「自分と似たような立場にいるのに大変な思いをしていない人」を妬んだり、「あの人ももっと苦労すべきだ」などの黒い感情を抱いたりします。
ところで、ヨーロッパでは昔こそ貴族が庶民に対して偉そうにしていましたが、今は福祉国家が多いので、「社会や組織の下っ端の人が上の人に無償で奉仕する」という考え方をする人はいません。
福祉はそもそも、言葉は悪いですが、「下っ端の人」に対して国家がケアを施す制度です。なので、日本型の「自分はパートだけど組織のために頑張る」というのは今のヨーロッパでは見られない現象です。
「苦労は買ってでもしろ」に騙されてはいけません! ニッポンにはブラックな考えが蔓延していることを自覚してください。
無自覚に生きていたり素直な性格だったりすると、この空気に流されて、自ら墓穴を掘る「奴隷根性」が身についてしまうので要注意。日記をつけるなりして、自分が今置かれている状況を冷静に分析しましょう。
イザとなったら、自分のハッピーのために早くそこから逃げ出すべし!