高齢化社会を迎え、介護サービスの需要が高まっている日本。しかし、経営難や人材不足のため倒産する介護事業者が急増しています。なぜ、需要が高いサービスなのにもかかわらず、赤字に陥ってしまうのでしょうか? 元経営コンサルタントで、北海道札幌市でデイサービスを中心に10拠点を運営し、創業15年間で全店黒字化を実現しているHTC株式会社の臼井宏太郎氏が、介護業界が抱える2つの課題と、その解決策について見解を述べます。
介護業界から人材が他産業へ流出しているワケ
介護事業者の倒産件数が、過去最多となっています。
2024年1月から8月の倒産件数は、114件。前年同期比の44.3%増で、介護保険法施行後でもっとも多い件数となる2020年の85件を大きく上回りました。
赤字を抱える法人の割合も、過去最大です。介護事業主体の社会福祉法人は、45.8%が赤字。要介護3以上の高齢者が利用する「特別養護老人ホーム」は、6割以上が赤字を抱えています。
日本の介護業界最大の課題は2つあると、私は考えています。
一つ目は、社会保障費の増大です。介護事業者の収入の約9割は、国から支払われる「介護報酬」によって成り立っています。ところが高齢者の増加にともない、社会保障費でまかなわれる介護費用が、2000年以降の約20年で4倍に膨らみました。社会保障費が増大し、赤字国債が増えるなかで、介護報酬は物価高や他産業の賃金上昇に追いついておらず、介護事業者が経営難に陥っています。
二つ目は、深刻な人手不足です。主な原因として、賃金など処遇面での改善が進まないといった問題が指摘されています。国も介護業界の処遇改善に取り組んでいますが、従業員への賃金は介護報酬に基づいて算定されるため、2024年の介護報酬改定では、特別養護老人ホームは3%引き上げられたものの、デイサービスなどは1%以下。訪問介護については、4%引き下げられてしまいました。
その結果、介護業界の人材が、他産業へどんどん流出しているのです。
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「飲食店ならすぐに倒産してしまう」と危機感を持ったワケ
介護業界は、どのようにしてこの窮状を脱したらよいのでしょうか。
私は、2つの課題を解決する策は、「生産性向上」しかないと考えています。
実は介護業界では、今でこそ利用者が自由に施設を選ぶことができますが、2000年までは「措置の時代」と言って、行政が、介護が必要だと判断した利用希望者に施設を割り振っていました。介護事業者は、サービス向上などの努力をしなくても、待っていれば利用者も働き手も来てくれる状態でした。
実は20年以上たった今でも、この受け身の風潮は、現在も根強く残っています。私はもともと飲食業界で経営コンサルタントをしていましたが、15年前に介護業界に参入したとき、「このような守りの経営では、飲食店ならすぐに倒産してしまう」と感じました。
余談になりますが、2010年にJALが経営破綻したことを覚えているでしょうか。京セラの創業者である故・稲盛和夫氏が会長に就任したことで再起に至ったストーリーは有名です。JALはもともと半官半民体制で設立されたこともあり、破綻当時も、民間企業でありながら国営企業のような風土があったようです。介護業界も、収入の大部分を介護報酬に依存していることから、同様の傾向があると感じています。
「赤字が多い」ということは、当然ながら「利益が出ていない」ということ。利益とは売り上げからコストを差し引いた金額で、介護業界における売り上げとは、利用者数×単価です。
しかし介護業界が特殊なのは、国が介護報酬(単価)や、介護サービスごとの定員(利用者数)を定めている点です。たとえばグループホームなら1ユニットあたり最大9名、地域密着型通所介護なら1日あたり18名、小規模多機能型居宅介護なら29名などと定員があるうえ、居宅サービスを利用する場合は、利用できるサービスの量(支給限度額)が要介護度別に定められています。売り上げは青天井ではないのです。
そのため、介護事業者は、利用者数も単価も目いっぱい高める努力をしつつ、コストの適正化に取り組まなければなりません。
では、いかにしてコストの適正化を図るのか。
介護業界最大のコストは「人件費」です。ほかにも水道光熱費や給食費、消耗品費などがありますが、およそどこの介護事業者でも、人件費が売り上げの約60〜70%を占めています。黒字と赤字の施設に分けた場合では、黒字施設では約62%であるのに対し、赤字施設では約70%と8%の差があります。そのため、人件費(コスト)を適正化することがもっとも大切です。
人件費を下げるとなると、従業員への賃金も引き下げなければならないと思いがちですが、従業員一人ひとりの生産性を高め、少ない人数でも売り上げを確保できれば、現状の賃金のまま人件費率を下げることができます。