遺言書は、相続を円滑に進めるための重要なツールです。遺言書があることで、法定相続分よりも被相続人の意思が優先され、財産分割におけるトラブルを未然に防ぐことができます。特に、法定相続人以外に財産を渡したい場合や具体的な希望を明確に伝えたい場合には、その重要性が一層際立ちます。本記事では、弁護士の中澤泉氏が、相続の不安を解消し、家族が安心して相続を迎えるために知っておきたい遺言書の役割や種類、作成時の注意点等について解説します。
遺言書の重要性と“役割”
遺言書があると、記載内容が法定相続分より優先され、被相続人の意志に基づいて遺産分割が進むため、相続トラブルの回避に役立ちます。特に、法定相続人以外の人へ財産を譲りたい場合や、具体的な希望を反映させたい場合には、遺言書の作成が重要です。
遺言書の種類は3つ
遺言書には大きく分けて「普通方式遺言」と「特別方式遺言」という2つの形式があります。日常的に利用されるのは「普通方式遺言」で、これには「自筆証書遺言」「公正証書遺言」「秘密証書遺言」の3種類があります。
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自筆証書遺言とは
自筆証書遺言は、遺言者がすべて手書きで作成する遺言書で、特別な準備が不要な手軽さが特徴です。財産目録部分はパソコンで作成することも可能で、添付資料として登記事項証明書や銀行通帳のコピーを利用できます。
自筆証書遺言のメリット
・手軽に作成できる
自筆証書遺言は、専門家に依頼する必要がなく、自宅で気軽に作成できます。
・費用がかからない
公正証書遺言などとは異なり、自筆証書遺言は費用がかからない点が大きなメリットです。
自筆証書遺言のデメリット
・無効になる可能性がある
手書きで作成する際、形式や内容に不備があるなど法律の要件を満たしていないと遺言書が無効になることがあります。
・相続争いの原因になりやすい
自筆証書遺言は、書き方や内容の曖昧さが原因で、相続人同士のトラブルや争いの火種になりやすいといわれています。具体的で明確な内容を記載しなければ、解釈をめぐって相続人の間で対立が生まれる可能性があります。
・紛失するリスクがある
遺言書を自分で保管する場合、誤って紛失してしまう危険性があります。
・発見されない可能性がある
自筆証書遺言は家族や関係者がすぐに見つけられないこともあります。
・隠蔽・破棄・改ざんされるリスクがある
自筆証書遺言は、特定の人によって隠されたり、破棄されたり、内容を変造されるリスクもあります。特に、相続に関わる利害関係者が遺言書を発見した場合には危険が高まります。
・法務局に預けない場合、検認が必要
自筆証書遺言を法務局に預けなかった場合、遺言者が亡くなった後、家庭裁判所で「検認」手続きを行う必要があります。この手続きには時間と手間がかかるため、後述する「法務局保管制度」の利用をお勧めします。
自筆証書遺言が無効になりやすい理由
自筆証書遺言は、特定の形式に厳密に従う必要があり、その要件を満たさないと無効になることがあります。法律では、遺言書は全文を遺言者自身が手書きで記し、さらに日付と名前を書いた上で印鑑を押す必要があります(民法第968条)。たとえば、パソコンで作成した遺言書や、捺印がないものは法律上無効とされる可能性があります。
また、この形式の遺言書は、作成時に第三者の関与がないため、遺言者の判断力に問題がある場合でも、そのまま作成されてしまうことがあります。特に認知症などで適切な判断ができない状態で書かれた遺言書は、後に相続人の間でトラブルや争いの原因になることもあります。
法務局の「遺言書保管制度」とは
法務局の「遺言書保管制度」は、自筆証書遺言を安全に保管するための制度で、2020年7月にスタートしました。法務局が遺言書の原本を預かることで、紛失や改ざん、隠蔽のリスクを防ぎ、遺言書が確実に発見される環境を整えることができます。この制度を利用する際には3,900円の手数料がかかりますが、安心して遺言書を保管できる点が大きなメリットです。
この「遺言書保管制度」を活用すれば、遺言書が見つからずに放置されたり、誰かに隠されたり破棄されるリスクを回避できるため、自筆証書遺言のデメリットを大きく改善できます。
自筆証書遺言の書き方と注意点
自筆証書遺言を作成する際には、法律で定められた厳格なルールに従う必要があります。これらのルールを守らないと遺言書が無効になる可能性があるため、以下の点に注意しましょう。
・全文を手書きで書くこと
自筆証書遺言では、遺言書の本文、日付、氏名をすべて自分で手書きする必要があります。パソコンやワープロを使用した場合は無効となるので注意が必要です。また、録音やビデオメッセージも遺言としては無効です。
・日付を正確に記載する
日付は「令和○年○月○日」と具体的に書く必要があります。「○○年○月吉日」など曖昧な日付表記は無効とされます。日付が特定できる表記であれば、誕生日や退職日なども認められることがあります。
・氏名と捺印
遺言者本人の名前を手書きで記入し、捺印も必要です。認印でも有効ですが、実印の使用を推奨します。
・内容の正確さに注意
遺言書には、相続する財産や遺贈する対象を正確に記載することが求められます。不動産については登記簿謄本と一致した表記を、預金については口座番号など具体的に書くことが推奨されます。相続人が誰であるかを明確にするため、続柄や生年月日を併記するのも有用です。
・遺言執行者の指定
遺言の内容を確実に実行するためには、遺言執行者を指定することが重要です。遺言執行者は銀行口座の解約手続きや不動産の名義変更などを行う責任者です。
・封印と保管場所の注意
遺言書を作成したら、信頼できる人にその存在を伝えておくか、法務局の「遺言書保管制度」を利用するのが安心です。また、遺言書を封筒に入れ、開封禁止の旨を明記しておくと安全です。
・予備的遺言の記載
万が一、遺言者より先に相続人が亡くなった場合に備えて、別の人に相続させる旨の「予備的遺言事項」を記載しておくと、相続手続きがスムーズに進みます。