“お金が貯まる仕組み”の裏にある「行動経済学」の知見
これらの仕組みにおいても行動経済学の知見が活用されています。
例えば、貯蓄するお金(おつりなど)を目にしないまま自動的に貯蓄のような、より良い使途に振り替える仕組みです。これによって、お金を手元に置けば使ってしまう、現在志向バイアスから逃れることができます。
利用者が、将来の貯蓄タイミングに備えて、事前に設定しておく仕組みもあります。解釈レベル理論に基づいて、心理的にも時間的にも遠い将来のために本質的で上位的な判断ができるようにしてあります。
どれも1度始めると設定を変えない限り続く仕組みです。現状維持バイアスを活用しているのです。また、これらはすべて身近な生活行動と関連があります。手軽に始められるため、自分の将来のために生活資金を用意する「自助」の1つとして良い方法ではないでしょうか。
「自助」を国が支えるための“ナッジ”
さて、この「自助」に関しては、国もより一層の工夫をしなければならないはずです。既に「貯蓄から投資へ」の掛け声もだいぶ古びてきました。とはいえ、昔のように国が指導をするわけにはいきません。
一方で人々の心には、年金2,000万円問題で課題が噴出したように、国への不信感もあります。こういった状況下では、米国のナッジ※成功事例を参考に、日本の課題に合う仕組みを作ることも重要でしょう。指導ではなく、自然な形で国が自助を支えるのです。
※英語で「(注意を引くために)軽くつつく、そっと押す」転じて「ある行動をそっと促す」という意味の言葉
ただし、ここで注意点が2つあります。1つは「スラッジ(Sludge =汚泥)」を避けることです。これはいわば「悪しきナッジ」です。人の心理的バイアスを悪用し、本来の目的と外れた方法で、人をだまして不当に利益を得る行為です。1度始めたら止めにくい契約などはスラッジの典型です。
もう1つはナッジが、単に国民をコントロールする手法ではないと理解することです。
ナッジを活用するにあたっては、リバタリアン・パターナリズムという「精神」が重要です。「権力的強制に頼らず」「人々の選択の自由を狭めることなく」、「人々に有益な行動を促す(または有害な行動を止める)」という基本ポリシーです。ここから外れてはいけません。
そのうえで、頭でわかっていても体がついていかない人を、より正しく支援するのがナッジです。この精神を運用に関わる人すべてが認識し理解する必要があります。この「強制しない」ナッジの精神を体得しない限り、表面的で効果のない施策で終わってしまうことでしょう。
橋本 之克
マーケティング&ブランディングディレクター/著述家