“生きづらさ”抱え被害者意識が増幅、女性を「敵」と見なし攻撃する事態も…「弱者男性」が“闇落ち”せずに苦悩を訴える方法とは

近年、日本では「男性の生きづらさ」が注目されている。

今年はライターのトイアンナ氏による『弱者男性1500万人時代』 (扶桑社新書)や、男性の自殺率の高さや孤独感について分析した心理学者トーマス・ジョイナー教授による『男はなぜ孤独死するのか 男たちの成功の代償』(晶文社) などの書籍が刊行され、いずれも話題を呼んだ。

一方、世界では男性たちによる「女性嫌悪(ミソジニー)」への懸念が増している。

12月3日に戒厳令を宣布したことでも物議を招いた韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が2022年に選挙で勝利した一因として、尹大統領が繰り返した「反フェミニズム」の主張が韓国の男性たちの支持を集めた点があると指摘されてきた 。また、今年11月のアメリカ大統領選でドナルド・トランプ氏が勝利した直後には、同国のSNSでは女性の権利を否定する意味を持つ「お前のからだ、俺の選択」とのフレーズが多数投稿された 。

男性の生きづらさを語ることと、女性の権利を尊重することは両立するのだろうか。『男がつらい! – 資本主義社会の「弱者男性」論』(ワニブックスPLUS新書) などの著書がある、批評家の杉田俊介氏に聞いた。


男女ごとの自殺者数の年次推移(厚労省・警察庁作成「令和5年中における自殺の状況」から)

男性の受けている「抑圧」や「排除」を語る必要

杉田氏が2016年に『非モテの品格 男にとって「弱さ」とは何か 』(集英社新書)を出版した時点では「男性の生きづらさ」をテーマにした本はほとんどなく、男性が自分たちの苦悩を語るための「言葉」はあまり存在していなかったという。

しかし、冒頭でも紹介したように、最近では「男性の生きづらさ」をテーマにした本も多数出版されるようになってきた。

「まずは、男性が苦悩を語るための『言葉』を増やしていくことが大事だと思います」と杉田氏は話す。一方で、その「語り方」には注意が必要だという。

「女性が受けているような『差別』を男性が受けているわけではありません。また、男性は社会的に女性よりも有利な面が多く、構造上の『特権』を持っています。

同時に、男性も『抑圧』を受けています。たとえば『男とはこういう存在だ』というステレオタイプが存在することで、そこから外れる男性が生きづらくなっています。

その点では『強者男性』でも『抑圧』は受けているとはいえます。これに対しいわゆる『弱者男性』については、たとえば貧困や発達障害などが原因で、経済や性・恋愛の領域で他の人たちが得ているものを得られない、『排除』を受けている存在といえます」(杉田氏)

女性バッシングや「闇落ち」の危険性

杉田氏が指摘するのは、男性が持っている特権と受けている抑圧の関係や、男性たちが社会にもたらす加害と社会から受けている被害について、細かく論じることの重要性。

「男性たちに生じている問題について『生きづらい』という感情だけでまとめてしまうと、被害者意識が増幅し、『闇落ち』する危険性があるためです」(杉田氏)

現在では、「生きづらさ」を訴える市井の男性たちの多数がSNSに投稿している。しかし、SNSではインフルエンサーに先導されながら男性たち同士が集団としてまとまり、女性などを「敵」と見なして攻撃する事態が起こりやすい。

その結果、個々の男性たちが自分たちの抱えている「生きづらさ」を詳細に言語化して訴えることも困難になる。「敵」を攻撃する反動的な傾向に巻き込まれないようにしながらも、男性たちがアイデンティティを健全に形成する取り組みが必要であるという。

男性たちが語りあう「メンズリブ」

その一例が「メンズリブ」だ。日本では1990年代から行われており、「男らしさ」にとらわれず自分らしく生きることを目標にする運動である。国内では『ぼくらの非モテ研究会』 や『Re-Design For Men』 、『うちゅうリブ』 などの団体がある。

「メンズリブの団体や取り組みは、まだ数が足りていません。男性が自分たちの苦悩を語り合う場面は、もっと多くあったほうがよいです。

近年では、多くの男性が自己批判・自己否定の感情を抱えており、ネガティブな自己意識を抱いています。メンズリブには、ポジティブな自分らしさを取り戻す可能性があります。

また、多くの男性は、社会生活で生じる競争により疲弊しています。メンズリブは、普段の競争から保護される『シェルター』としても機能します。

一方、男性たちが集いあうことで、女性たちをバッシングしたり『自分たちのことを優遇しろ』と社会に要求したりする攻撃的な運動が形成される危険性もあります。大切なのは、女性や社会などの『他者』に左右されない、健全な自己愛を培うことではないでしょうか」(杉田氏)

異性との対立が「被害者意識」を強める悪循環

1970年代、女性の問題を取り上げるフェミニズム(女性学)に呼応する形で男性の問題を取り上げる「男性学」がアメリカで誕生し、日本でも80年代から男性学の書籍が刊行されるようになった。そして、近年では男性学の本が多数出版される傾向にあり、「男性学ルネサンス」とも表現できる状況が起こっている。

しかし、女性学に比べ男性学は自己否定の傾向が強く、男性たちを肯定する言葉が使われづらい、と杉田氏は指摘する。

また、メンズリブに対しても、「男性同士が集まりあうことは、女性や少数者の排除をもたらす『ホモソーシャル(男同士の絆)』の一種である」と非難される場合がある。

「差別やジェンダーに関わる学問では、問題を指摘する用語が量産され、マジョリティの一挙手一投足が批判の対象になる傾向があります。そのため、『用語を多く知っているほど道徳的に正しい』というエリート主義になりがちです」(杉田氏)

歴史的には、フェミニズム運動では女性たちが実際に集まって語り合うことで、自分たちを肯定する言葉と同時に人種的・性的少数者の問題を軽視していたことに関する自己批判の言葉も生み出されるなど、バランスが保たれる傾向にあった。

しかし、ネット上での男性と女性の対立が激しくなった現在では、本来なら自己批判のために生み出された言葉が、「敵」を批判するために用いられる事態になっている。

「言葉の背景にあった内実や自己批判の精神が忘れられ、相手を攻撃する目的で乱用されている側面があります」(杉田氏)

韓国では日本以上に男女の対立が激しく、被害者意識を強く抱いた女性たちが過激に男性を非難することで、男性たちによる反発が強まる悪循環が発生している。アメリカや日本でも、女性への攻撃を扇動するインフルエンサーに、被害者意識を抱いた男性たちが惹き付けられている事態が問題視されている。

「男性は自分の感情を抑圧しがちな傾向にあるからこそ、自身の傷付きやすさや弱さを自覚し、ケアすることは大切です。

しかし、傷付きやすさの自覚が『自分たちこそが被害者だ』という発想を招いて、女性たちに対する加害に転じてしまう危険もあります。そのような発想を招かないためにも、男性たちが自身を肯定できる『ポジティブな尊厳』を発見する必要があるのではないでしょうか」(杉田氏)

経済・階級の問題にも注目が必要

では、自己否定や被害者意識、女性に対する攻撃や加害などに陥らないようにしながら男性が「生きづらさ」を語ることはできるのだろうか。

杉田氏は「『個人的なこと』と『社会的・政治的なこと』をつねに往復させながら語る必要がある」と指摘する。自分自身が抱える苦悩をそれぞれの男性が個々に言語化することは欠かせないが、男性たちに生じている問題を公共的に訴えることも大切であるためだ。

「現在のメンズリブや男性学は、男性たちが感じている社会的な抑圧や排除について他者に発信し共感を作り出すという側面ではまだ弱いため、アップデートが必要でしょう」(杉田氏)

なお、アメリカ大統領選に関しては「リベラル・左派が人種的・性的少数者のことばかり優先して、多数派であるが経済的に困窮している人たちのことを無視していた点が民主党の敗北を招いた」との指摘が多数なされている。

杉田氏も「安易に二項対立で語るべきではありませんが…」としながらも「大統領選の結果を受けて、少数派と多数派のどちらの抱えた問題にも対応する必要があるとの認識が広がっているのでは」と語る。

「アメリカでも日本でも、中間層の人々の『貧困層に転落するのではないか』との不安や、貧困層の絶望感が強まっています。

弱者男性の人々が抱く苦悩も、経済的な要因が大きく影響しています。これからは、ジェンダー問題とつねに一体的に、階級問題にも向き合っていくべきでしょう」(杉田氏)