闇バイト強盗「仮装身分捜査」は“導入の必要性高い”が… 解決すべき「3つの法的問題」とは【弁護士解説】

SNSの「闇バイト」で募集に応じた者を実行役として利用した強盗事件が相次いで発生していることを受け、警察庁において捜査員が「架空の人物」になりすまして闇バイトに応募し、犯罪組織に接触する「仮装身分捜査」の導入が検討されている。

いわゆる「闇バイト犯罪」は、その性質上、組織や実態の全容解明が困難であり、「仮装身分捜査」の導入により、犯罪組織の全容の解明を促進するとともに、「闇バイト犯罪」そのものに対する抑止効果も一定程度期待できる。しかし他方で、このような捜査手法は、それに関与する捜査員や協力する一般人の身を危険にさらしかねないことなどが懸念される。

「仮装身分捜査」の法的な問題点と、それに対しどのように法的な「手当て」を行うべきかについて、刑事訴訟法の実務に詳しい福原啓介弁護士(舟渡国際法律事務所)に聞いた。

関連し合う3つの「法的問題点」

仮装身分捜査は、実在しない架空の人物になりすますことで、犯罪組織の内部に肉薄しようとする捜査手法である。

福原弁護士は、このような捜査手法の効用や必要性は認めつつも、考えなければならない法律上の問題の出発点として、仮装身分捜査が「違法に違法を重ねる可能性がある」捜査手法であることを指摘する。

具体的には、以下の3種類の法的な問題点が考えられ、これらが互いに密接に関連し合っているという。

①国家が犯罪を誘発する側面があり、捜査の公正が害される危険がある
②実際に捜査を担当する警察官や一般人の協力者の人権侵害のリスクがある
③違法捜査の口実として利用されるリスクがある

福原弁護士:「もちろん、犯罪組織側に対して、手の内をさらさないようにするため、たとえば、捜査手法のノウハウ等について法律に定めることは現実的ではありません。

しかし、そうでない範囲の問題については、可能な限り、法的なコントロールを及ぼす必要があります」

警察庁は新年早々にも仮装身分捜査の導入を予定しているが…(Ystudio/PIXTA)

捜査の公正が害される危険があることについて

まず、「②国家が犯罪を誘発する側面があり、捜査の公正が害される危険がある」とは、具体的にどのようなことか。

福原弁護士:「現状警察庁において検討されている『仮装身分捜査』では、身分証明書等の偽造・使用等を伴うことがあると明言されています。

身分証明書の偽造を行うことは本来公文書偽造罪・同行使罪(刑法155条1項・158条参照)、私文書偽造罪・同行使罪(159条1項・161条参照)に該当する可能性があります。

もちろん、刑罰法規が定める犯罪の要件に該当するからといって、直ちに違法なわけではありません。この点について、刑法35条が『法令または正当な業務による行為は、罰しない』と定めています。

少なくとも、現在検討されている『仮装身分捜査』という捜査手法に関するルールを定めた『法令』は存在しません。しかし、刑事事件の捜査が『業務』にあたることは明らかです。

ただし、『正当』かどうかは最終的には裁判所・裁判官の判断にゆだねられざるを得ません。事後的な司法判断を待たなくては分からないのでは、捜査機関や担当官も困ることになるでしょう」

仮装身分捜査は一種の「なりすまし捜査」だが、過去に「なりすまし捜査」の違法性を理由として無罪判決が下された例もあるという。

福原弁護士:「窃盗事件で、被告人は窃盗の公訴事実を認めていました。にもかかわらず、裁判所は、『なりすまし捜査』を行うべき必要性はほとんどなく、国家が犯罪を誘発し、捜査の公正を害するもので違法だとして、被告人に無罪を言い渡しました(鹿児島地裁加治木支部平成29年(2017年)3月24日判決)。

『仮装身分捜査』の導入についても、捜査活動の公正が害される危険をはらんでいることが否めない以上、より一層慎重に検討する必要があります」

他の2つの問題点、すなわち『②実際に捜査を担当する警察官や一般人の人権侵害のリスク』『③違法捜査の口実として利用されるリスク』との関係等を考慮の上、どこまでが認められるか、可能な限り、法律、または法律の委任を受けた『規則』等で定めておくことが望ましいでしょう」

捜査官・一般人の協力者の人権保護の問題

次に、「②実際に捜査を担当する警察官や一般人の協力者の人権侵害のリスク」の問題は、仮装身分捜査を担当することになる人の人権の保障をどう確保するかというものだという。

福原弁護士:「仮装身分捜査であることが犯人グループに発覚したら、捜査官など、捜査に関わる人が危険にさらされることになります。

そこで、『人格権』『自己決定権』(憲法13条参照)、『手続的権利』の保障(憲法31条参照)を確保する見地から、仮装身分捜査は、他に有効な方法がない場合に限って認めるべきでしょう。

また、本人に対し、リスクがあることと、考えられるリスクの内容について十分に説明したうえで、真摯(しんし)な了承を得るしくみが確立されることが大切です。

まず、捜査官の場合、職務行為とはいえ、リスクの内容について本人が納得し、任意の了承を得たことが要求されると考えます。形式だけでなく実質上も、上司や周囲からの無言も含めた『圧力』などがあってはならず、本人の真摯な承諾を厳格に要件とすべきでしょう。

そして、仮に一般人の協力を得る場合にも、本人の真摯な承諾がさらに厳格に要求されなければなりません。

一般人にとって警察官等の捜査官は『社会の治安を守ってくれる正義の味方』であるとともに、時には『権力を行使する怖い存在』でもあります。『捜査に協力してくれ』とか、『こういう危険なことをやってくれ』などと頼むこと自体、事実上、協力を強制することになってしまう可能性もあります。したがって、一般人については、捜査官の場合にも増して、真摯な意思による承諾を厳格に要求する必要があるでしょう」

捜査官・一般人の協力者が真摯な意思で仮装身分捜査に参加したとして、次に、身分を偽っていたことなどが犯罪組織に知られ、危険にさらされるリスクが考えられる。

もとより、捜査手法としてどこまで踏み込んでよいかを法律で定めるのは「手の内をさらす」面もあるので難しい。そこで、福原弁護士は、解決策として「少なくとも、捜査担当者が自分の判断で捜査を中止して良い条件についても、定めておくことが望ましい」と提案する。

「適正手続」の要請は「捜査を担当する人」にも及ぶ

そして、そのように仮装身分捜査の「入口」と「出口」を法的にコントロールすることは、刑事訴訟法、憲法の精神にかなったものだと説明する。

福原弁護士:「捜査手法について、刑事訴訟法197条は『強制の処分は、この法律に特別の定めのある場合でなければ、これをすることができない』と定めています。そして、強制処分を行う場合はあらかじめ裁判官が発付する『令状』が必要です。

この『強制の処分』の意味について、判例・実務では『個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など、特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段』をさすと解されています(最高裁昭和51年(1976年)3月16日判決参照)。

また、『強制の処分』でない場合でも、捜査手法そのものは、人権侵害防止のため、判例上、『必要性、緊急性なども考慮したうえ、具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容される』としています(上記判決参照)。

このような判例・実務の法解釈は、憲法で保障されている『適正手続』の観点から、捜査手法等の手続そのものが適正でなければならないとしたものです(憲法31条参照)。

したがって、捜査対象となる被疑者等の人権だけでなく、捜査を担当する警察官や協力する一般人の人権も当然、守らなければならないという理屈になります。その意味からも、制度上、捜査に関わる人の真摯な同意を要求しなければならないと解釈せざるを得ないのです」

違法捜査の口実として利用されるリスクを防ぐには

最後に、「③違法捜査の口実として利用されるリスク」とはどのようなものか。

福原弁護士は、司法官憲が「闇バイト強盗を行う組織への潜入捜査」を口実として、無関係な事業者等の監視や情報収集を行うおそれがあり、それを排除する必要があるとする。

福原弁護士:「仮装身分捜査は、まだ発生していない犯罪の捜査なので、その性質上、本来は『闇バイト』ではない通常のアルバイト募集をしている事業者が対象となる可能性があります。

仮装身分捜査を口実に、『ホワイト』な事業者等の団体の内部に入り込み、監視や情報収集が行われるおそれがないとはいえません。

したがって、法律上、無関係な事業者の情報収集等のために捜査を行ってはならないことに加え、途中で闇バイトと無関係であることが判明した場合にすぐに捜査を中止しなければならないことも、明記しておく必要があるでしょう」

闇バイト強盗は、社会の高齢化と、若者の貧困の問題を背景に広がった犯行手口である。また、犯行の手口が常に進化していることも考えれば、捜査手段もそれに対応する形で進化しなければ、社会を守ることは難しい。

強盗の認知件数の手口別構成比(2023年)(出典:令和6年(2024年)版犯罪白書)

他方で、刑事事件の捜査は、個人の人権を侵害する危険をはらんでいる。守られるべき人権は決して「被疑者・被告人の人権」だけではない。捜査に関わる捜査官や一般人の人権も当然、守られなければならない。また、捜査方法によっては、悪用のおそれや無関係な団体・個人が不利益を被るなどの「副作用」も生じ得ることを忘れてはならない。

そういった観点から、捜査方法について可能な限り、法的なコントロールを及ぼすことは、今までもこれからも、広い意味での人権保障にとって重要な課題だといえる。