勤務先のスーパーマーケットで起きたパワーハラスメントが原因で、パート社員の女性が自死した事件を巡り、女性の遺族らが12月25日、都内で会見を開いた。
遺族側代理人の川岸卓哉弁護士は、スーパーを運営する生活協同組合ユーコープに賠償責任を求めていた訴訟について、同日、横浜地裁で和解が成立したと報告。次のようにコメントした。
「本件は(上司・会社による)女性への行為が、指導なのかハラスメントなのかがあいまいな、グレーゾーンの案件とも捉えられてしまいそうな部分で発生した事件です。
こうした事例は、社会のどこで起きてもおかしくなく、ハラスメントとして認識されず、『仕方ないよね』と見過ごされてしまっているのではないでしょうか。
本件を通じて、ハラスメントにならないような、人格を尊重した指導のあり方が確立されてほしいと思います」
配置転換後パワハラ被害、死後に労災認定
女性は、2009年から、横浜市内のスーパーマーケットに勤務しており、2020年1月にパートの管理職候補者として、ドライ部門(菓子や調味料等を担当する部門)から、青果部門に配置転換された。
訴状などによると、女性は配置転換後、青果部門の上司らから、「うそつき」「仕事ができない」と人格否定をされたほか、他の同僚の面前で𠮟責(しっせき)されるといったパワーハラスメントを受けるようになり、2021年1月に自殺した(死亡時53歳)。
横浜南労働基準監督署は、自殺前の2020年10月頃には、女性にうつ病の症状が出ていたと認定。
同署は上司によって「人格や人間性を否定するような、業務上明らかに必要性のないまたは業務の目的を大きく逸脱した精神的攻撃」や「必要以上に長時間にわたる厳しい𠮟責、他の労働者の面前における威圧的な叱責など、様態や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える精神的攻撃」が執拗(しつよう)に行われており、パワーハラスメントに該当するとして、2022年8月に労災を認めていた。
当初はパワハラ否定も、提訴後に謝罪と賠償の意向
労災認定後の今年1月、遺族側はユーコープに対し、約4800万円の損害賠償を求める裁判を、横浜地裁に起こした。
遺族側によると、ユーコープ側は当初、パワーハラスメントを否定しており、労災認定後もその見解を改めなかったが、遺族側の提訴後には“手のひらを返すように”安全配慮義務違反を認め、謝罪と賠償の意向を示したという。
しかし、遺族側は「本件はお金の問題ではなく、命の問題。二度と同じ被害者を出さないよう、十分な再発防止策が示されない限り和解をしない」と主張。
両者による複数回の協議の結果、ユーコープ側は下記の再発防止策の実施を遺族側に約束した。
①再発防止策についての学習啓発
②ハラスメント実態調査の実施
③中央労働安全衛生委員会におけるハラスメント対策の継続的な効果検証
④外部第三者による相談窓口の周知
この再発防止策について、川岸弁護士は「協議を重ねた結果、こちらの要求がおおむね受け入れられた」と評価する。
「当初、ユーコープ側はハラスメント対策や啓発活動を実施していると回答し、その中身として一般的なハラスメント対策を並べていましたが、それでは今回のような事件は防げません。
ですが、今回協議を重ねた結果、納得のいく再発防止策がまとめられたと思います。
ハラスメントを簡単に撲滅できるかというと、われわれもそう簡単ではないと考えています。
だからこそ、継続的な実態調査をし、対策の効果検証を行い、フィードバックをしていく必要があると思います」(川岸弁護士)
上記再発防止策の実施と、遺族に対する謝罪、ユーコープ側が全面的に安全配慮義務違反を認める前提での解決金の支払い(金額は非公開)をもって、和解が成立した。
ユーコープ「組織として、徹底した再発防止策に努める」
和解条項で示された、ユーコープ側の謝罪の文言は以下の通り。
「ユーコープの職場で起きたパワーハラスメントにより、当時従業員だった○○さん(編注:女性の名前)を追い詰め、取り返しのつかない結果を招いてしまいました。当時当該店舗で起きていたハラスメントに、組織として気づくことができず、故人を守ることが出来ませんでした。故人のご冥福をお祈りするとともに、故人並びにご家族に深くお詫び申し上げます。誠に申し訳ありませんでした。
また、お亡くなりになってから、組織として謝罪に伺うまで、3年以上の長い年月をかけてしまいました。ご遺族には、ご家族の突然のご逝去による深い悲しみに加えて、つらく苦しい時間を過ごさせてしまいましたこと、重ねてお詫び申し上げます。
今後、組織として、徹底した再発防止策に務めることをお約束いたします」(原文ママ)
「生協としての理念取り戻して」
会見で、川岸弁護士は和解に関して、生協という組織のあり方と絡めつつ、次のように述べた。
「今回、亡くなってしまった女性は、長く生協で働いていた方です。
生協という組織は本来、お互いを助け合い、人格を尊重する組織であり、ハラスメント対策に親和性のある組織だと、われわれは思っています。
そうした中で、今回ユーコープ側は、正義にのっとった和解をし、和解内容についても、口外禁止の条項をつけず社会的に公表・約束しました。
この和解によって、生協としての理念を取り戻すことを願っています」
「出社を止められなかった責任感じる」
また、この日会見に出席した女性の夫は、ユーコープ側に対して「合意内容をしっかり実施し、ハラスメントのない職場環境を作ってほしい。今後も報告を受け、見守っていきたい」とコメント。
続けて、自身の今後について次のように述べた。
「私たち家族にとって、今回の和解は、ゴールではなく一歩前進できるスタートであり、残された家族の止まっていた時間が、少し動き出すのではないかと思います。
私自身、彼女の出社を止められなかったという責任を感じていますから、今後は、同様の被害者が生まれないよう、何かしらの活動を手伝い、責任を果たしたいです。
人と人が接触する職場では、ハラスメントはなくなりづらいと思います。ですので、ハラスメントをゼロにするための対策ではなく、ゼロにするための努力をする、そういう活動が大切ではないでしょうか。
今後もハラスメントがなくなるとは思っていませんが、被害者遺族である自分自身が経験を語り、それが世の人の目に留まることで、仕事でのハラスメントに対する考え方や、家族とのコミュニケーションの取り方が良い方向に向かえばと思います」