東京都千代田区が、「日比谷ミッドタウン広場」の区所有の土地建物を、三井不動産や日本生命等が会員になっている一般社団法人日比谷エリアマネージメント(以下、日比谷エリマネ社)に、2016年から無償で貸与している(使用貸借契約、期間は20年)。
このことが不適正であるとして、区の住民らが2021年に区長を被告として提起し、審理が続いていた住民訴訟において、19日に原告が訴えの取下げを行った。
26日、原告3名と代理人弁護士が記者会見を開き、訴えの取下げについて経緯の報告を行った。原告代理人の大城聡弁護士は「勝訴以上の効果が得られた」と説明した。
争点は区所有の不動産の“大手デベロッパー”関連団体への「無償貸与」
本件の住民訴訟を提起した原告3名はいずれも元千代田区議。訴状によると、本訴訟で原告側が主張していた違法(区側の「怠る事実」)は、以下の2点である。
(1)日比谷エリマネ社への無償貸与は区の財産管理上問題があるのに、区がその是正を行っていない
(2)区が当時の責任者である石川前区長と元担当部長に対し損害賠償請求権を提起していない
これらを理由として地方自治法に基づいて「『怠る事実』の違法確認の訴訟」を提起していた(同法242条の2-1項3号)。
千代田区と日比谷エリマネ社との契約は、日比谷ミッドタウンの「広場」を無償で貸し付け、管理させる内容のものである。この「使用貸借契約」は、区議会の承認を得ずに行われている。
広場の地下部分には一般の商業店舗があり、日比谷エリマネ社はそれらを有償でテナントに転貸する形で賃料収入を得ている。
平成30年(2018年)度の日比谷エリマネ社の売上は2億7420万8085円、当期純利益金額6284万7162円にのぼっていた。
原告代理人の大城弁護士は、賃料収入による利益を日比谷エリマネ社が得ることの問題点を説明する。
法廷でのプレゼン資料を示し説明する大城聡弁護士(東京都千代田区/弁護士JP編集部)
大城弁護士:「千代田区が無償で日比谷エリマネ社に貸し、それを同社が民間の企業に転貸して賃料収入を得て、6000万円を超える利益を上げている。
これらの収益は本来、千代田区の財産を活用して得られたものであり、区の財産として区民へのサービスに使われるべきだ。ところが、それを日比谷エリマネ社がプールしているという状況がある」
発端は「前区長の疑惑」追及のための「百条委員会」
日比谷エリマネ社への土地建物の無償貸与の事実が発覚したのは、千代田区議会が設置した「百条委員会」における調査においてだった。
ステップ広場の地下の商業店舗(弁護士JP編集部)
石川雅己区長(当時)が一般には販売されない「事業協力者住戸」と呼ばれるマンションを三井不動産グループの企業から購入していた問題に関し、区議会は、真相を究明するために「百条委員会」(地方自治法100条)を設置し、調査を行った。
その調査報告書のなかで、三井不動産が参加する日比谷エリマネ社に、区議会の承認なく土地建物が無償貸与されており、問題があることが明確に指摘された。無償貸与の事実については、区議会にも首脳会議にも報告されていなかった。
しかし、百条委員会からの指摘にもかかわらず、区長ら執行部は契約の見直し等を行わなかった。
大城弁護士:「百条委員会が見直しをすべきだと指摘したが、その直後に区長選が行われ、石川前区長は出馬せず、今の樋口(高顕)区長が当選し就任した。
そして、樋口区長も、百条委員会の指摘にまったく取り合わないまま、期間が経過した。
そこで、元区議の原告3名が住民監査請求をしたが監査委員会に却下され、本件訴訟の提起に至った」
原告の小山みち子氏は、当初は、石川前区長と、当時のまちづくり担当部長の坂田融朗氏(現・副区長)に直接、日比谷エリマネ社が得た利益相当額について損害賠償請求の訴えを提起するつもりだったという。
原告の小山みち子氏(東京都千代田区/弁護士JP編集部)
小山氏:「百条委員会が前区長を偽証罪で訴えている間に時効が成立してしまった。
そこで、契約の見直しと利益を得る権利が区にあることの確認、決算内容の開示を住民訴訟の目的とするしかなかった」
訴えの取下げは「勝訴を超える成果が得られた」ため
住民訴訟が提起された後、今年4月に原告・被告によるプレゼンテーションが行われ、5月に区側の担当者や日比谷エリマネ社の担当者に対する証人尋問が行われた。
その後、裁判所の主導で和解の提案がなされ、協議が行われた。そして、その結果、原告は今月19日に訴えの取下げを行った。
大城弁護士はその理由について「実質的に勝訴を超える成果が得られたため」と説明する。
原告と被告(区)との間で裁判所の主導による和解交渉が行われ、区と日比谷エリマネ社の間で「覚書」が交わされた(12月13日)。
それによって「日比谷エリマネ社が区との使用貸借契約を通じて不当に利益を得る『抜け道』をふさぐことができた」(大城弁護士)という。
覚書で定められた事項の概要は以下の通りである。
①日比谷エリマネ社が建物部分の修繕義務を負うことの明確化
⇒元の契約書では無償貸与の対象が「広場及び地下の施設」となっており、地下の商業用店舗等が含まれるか不明確だったのを、明記した。
②日比谷エリマネ社が得た収益の使い道の限定と「修繕積立金」の明示
⇒収益の用途を広場等の運営、イベント実施、広告物の掲出、日比谷エリマネ社の運営に限ることを確認し、余った額を「修繕積立金」として積み立てることを明記した。
③契約終了後の「積立金」の区への返還
⇒契約が終了した場合に日比谷エリマネ社は「修繕積立金」の全額を区に返還しなければならないことを明記した。
なお、覚書は法的には「契約書」であり、その条項は当事者を拘束し、日比谷エリマネ社には上記の各条項についての履行義務が生じる。
住民訴訟の仕組みには「限界」もあるが…
この覚書の意義を、大城弁護士は次のように説明した。
大城弁護士:「住民訴訟の枠組みには限界がある。制度上、住民は、契約の内容について『見直しをしないのは違法だ』という判決を求めることしか認められていない。肝心の契約の中身を法的に拘束する判決を得ることは、仕組み上、できないことになっている。
極端なことをいえば、区が『見直しをしましたが、その結果、いっさい変更しないことにします』ということも可能だ。
しかし、区と日比谷エリマネ社との間で法的拘束力のある覚書が締結されたことによって、元の不動産の無償貸与契約の考えられる抜け道はほぼ塞がれた。
千代田区の財産が保全されることになった一方で、日比谷エリマネ社が区の所有不動産の無償貸与から受ける経済的なメリットがぐっと少なくなった。
日比谷エリマネ社のほうから、将来想定される大規模修繕を請け負うよりも、途中で解約したいとか、有償の賃貸借契約にしたいとかの申し出が行われるかもしれない。
今後、この無償化の状況が続くかどうかも含め、この裁判の成果を土台として、千代田区の区政のなかでどのように状況が改善されていくのか、しっかりと見ていただきたいし、我々もできる限りの取り組みを続けていきたい」
昨今、地方自治の現場では、首長と議会・住民の緊張関係や「百条委員会」の活動が伝えられることが多くなった。本件でも、千代田区長が独断で行った区有財産の無償貸与について、議会が設置した「百条委員会」の調査に基づく指摘に対し、後継の区長や執行部が対応を行わなかったという事態が発生した。
また、千代田区の現在の坂田副区長は、本件で問題となった土地建物の無償貸与契約が締結されたときの「担当まちづくり部長」だった。現区長ら執行部の手による「自浄作用」が働かなかったという事実はきわめて重い。今後、区の執行部がどのような対応を行うかは、厳しくチェックされなければならないだろう。
このような事態に対し、住民の立場で是正する手段としての「住民監査」や「住民訴訟」は、仕組み上限界があるといわざるを得ない。しかし他方で、今回、住民訴訟が功を奏して事実上、違法・不正な事態が是正されたという実績は、今後、地方自治の活性化にとって、一つのモデルケースとなりうるだろう。