「貧困」が深刻な社会問題としてクローズアップされるようになって久しい。経済格差が拡大し、雇用をはじめ、社会生活のさまざまな局面で「自己責任」が強く求められるようになってきている中、誰もが、ある日突然、貧困状態に陥る可能性があるといっても過言ではない。そんな中、最大かつ最後の「命綱」として機能しているのが「生活保護」の制度である。
しかし、生活保護については本来受給すべき人が受給できていない実態も見受けられる。また、「ナマポ」と揶揄されたり、現実にはごくわずかな「悪質な」不正受給がことさら強調されたりするなど、誤解や偏見も根強い。本連載では、これまで全国で1万件以上の生活保護申請サポートを行ってきた特定行政書士の三木ひとみ氏に、生活保護に関する正確な知識を、実例も交えながら解説してもらう。
第7回は、日本生まれ・日本育ちのフィリピン人女性が窓口担当者から受けた違法な対応と、最終的に生活保護を受けられるようになるまでの一部始終を通じ、「外国人に対する生活保護・社会保障」の問題を浮き彫りにする。(全8回)
※この記事は三木ひとみ氏の著書『わたし生活保護を受けられますか』2024年改訂版(ペンコム)から一部抜粋し、構成しています。
※【第6回】「ずっと真面目に働いてきたのに…」無年金で“生活保護”を受けざるを得ない日本人・在日外国人「それぞれの事情」とは【行政書士解説】
在留資格のある外国人。役所で「母国に帰れ」と言われ
フィリピン国籍の女性パウさん(仮名・40代)が、お子さんを連れて私の事務所へ相談に来られました。
「生活に困っているなら、フィリピンに帰ればいい」
そう役所で言われて、困り果てていました。
在留資格があり、人生のほとんどを日本で暮らし、結婚をし、子どもも生まれ、働いて納税もしてきた女性。
ほかの行政書士や弁護士に相談をしても、「元配偶者の家に居候しているなら、生活保護申請しても却下される。引っ越してから申請しないと、生活保護は受けられない」
そう言われて行きついたのが私の事務所でした。
上記の行政書士や弁護士らの回答は明らかな誤りです。実際には、他人宅に住んでいても、真に困窮して経済援助も受けられない状態であれば、生活保護は受けられます。
なお、パウさんのように、適法に日本に滞在し、活動に制限を受けない永住者、定住者等の在留資格を有している外国人は、生活保護制度の運用上、「生活保護法に準じた取扱い」を受けられます(厚生労働省「生活保護実施要領等」参照)。
日本で暮らす外国人の数は大幅に増加してきている(でじたるらぶ/PIXTA)※写真はイメージ
人生のほとんどを日本で暮らし、働いてきたフィリピン人女性
パウさんは、長年日本で生活し、日本語も上手で、最初に電話を受けたとき、日本人かと思ったほどです。実際に、事務所でお会いすると、これまでの日本での苦労をとても朗らかに語ってくれました。
亡きお母さまもフィリピン人で、生前長らく日本で生活し、仕事をして納税もし、日本社会に貢献してきたのです。
フィリピン国籍のパウさんは、日本人男性と日本で結婚しましたが、結婚生活1年足らずで離婚。その後、離婚した元配偶者との間に2人の子どもが生まれましたが、男性は認知せず、自分の子ではないと言い張る始末。
在留資格も有り、働いていたパウさんでしたが、そのストレスもあって病気になり、仕事を続けられなくなって収入が途絶えてしまったというのです。
国籍はフィリピンでも、人生のほとんどを日本で過ごし、これまでずっと働いて納税もしてきたパウさんです。
外国人保護の実施責任は、入管法に「在留カード」または入管特例法に基づく「特別永住者証明書」に記載された住居地の管轄福祉事務所にあります(日本人は住民票がどこにあろうと、実際に寝泊まりしている場所の管轄福祉事務所です)。
例外的に、外国人であるDV 被害者が住居地の変更届出を行うことができない状態にある場合は、日本人と同様に実際の居住地で生活保護を受給できるケースもあります。
「フィリピンに帰ればいい」は違法
生活保護の相談に行ったパウさんに、窓口の人が放った言葉は「生活に困っているなら、フィリピンに帰ればいい」。
人生のほとんどを日本で過ごし、日本人と同じように働き、税金や社会保険料も納めてきたパウさんに、何と心ない言葉でしょうか。
前述したように、日本政府は、定住外国人に対し、通達により、生活保護法に準じた保護を与える運用を行ってきています。
通達は行政内部の法解釈・運用を統一するための基準なので、これに則った運用が行われなかった場合には、裁量の逸脱・濫用として違法の問題が生じ得ます。
在留資格を持つ外国人の方には、社会保障制度の運用上、保護を受ける権利があります。それなのに「生活に困っているなら自国に帰れ」とは、明らかに、行政の裁量逸脱行為と言わざるを得ません。
このような違法な外国人差別は、残念ながら生活保護行政以外でも見られます。
行政書士 三木ひとみ氏(本人提供)
生活保護申請中に自己負担なく病院にもかかれた
土曜日に事務所に相談に来られたパウさんの生活保護申請は、2日後の月曜日にさっそく、特定行政書士(※)が申請書を作成して、福祉事務所に代理提出、受理されました。
※官公庁に提出した書類に係る許認可等に関する不服申立ての手続について代理権を持つ行政書士
病気なのに、国民健康保険料が払えずに通院ができなかったパウさんは、福祉事務所で生活保護申請中であることを証明する書面を発行してもらい、無事に、自己負担なく病院にもかかることができ、ほっとしたとのことでした。
申請後、パウさん本人が、直接福祉事務所の担当者に相談したときは、「調査期間中は医療費は無料にならない」と、いったんは対応を拒まれてしまいました。
そこで、当事務所の行政書士が再度担当者に電話連絡をして事情を説明し、対応してもらったものです。
弱者の立場に配慮し血の通った行政運営を
本来、生活保護法や、厚生労働省の「生活保護実施要領等」や通達等にしたがって、弱者の立場に配慮し血の通った行政運営が徹底されていれば、行政書士がパウさんと福祉事務所の間に入る必要もなかったはずです。
これは「外国人だから」で済まされる問題ではありません。日本人に対しても、あの手この手で生活保護の申請を諦めさせようとする「水際作戦」などの対応がとられることがあります。
ともあれ、逆境でも明るいパウさん。
小学生のお嬢さんが持っていたビーズをあしらったハンドバッグを「とてもかわいいね」と話す私に、「私はセンスがいいから安いものを買ってもほめられるの!」と笑顔で返してくれたパウさん。
無事に病院に行き、必要な薬をもらうことができて、ほっと、胸をなでおろしたのでした。
外国人労働者の受け入れが拡大…急がれる外国籍の方の日本での生活支援
今後、パウさんのような定住外国人だけでなく、日本で働く外国人労働者の生活支援・社会保障をどうするかということが、重要な課題になっていくと想定されます。
外国人労働者の受け入れを拡大する改正出入国管理法が、2019年4月1日に施行されました。新しい在留資格として、一定の専門的・技術的な業務を担当できる「特定技能」(1号、2号)が設けられたのです。「技能実習」の資格から「特定技能」への資格に移行することも認められるようになりました。
これは、深刻化する人手不足への対応として行われたものです。ひとえに「日本社会の都合」によるものといわざるを得ません。
在留資格を持って働く外国人労働者は、日本人と同様に税金を支払い、社会保険の加入義務を負います。そのような人々に対する社会保障も含めた生活支援の制度をどのように設計すべきかという問題は、今後、避けて通れないものになっていくと考えられます。
なお、国会では、外国人増加による治安悪化を懸念する意見も出ましたが、『令和6(2024)年版犯罪白書』によれば、実際には、来日外国人犯罪の検挙件数は2005(平成17)年を、検挙人員についても2004(平成16)年をピークに減少傾向が続いています(【図表】参照)。
【図表】外国人による刑法犯の検挙件数・検挙人員の推移(1989年~2023年)(出典:令和6年(2024年)版犯罪白書)
また、犯罪に至ったケースの多くは、日本での貧困や差別、教育の問題が背景にあると言われています。
治安維持のためにも、外国籍の方とそのお子さんの日本での生活支援について、日本の伝統的な美徳である「思いやり」を持って考えてもらいたいと思っています。