冤罪を生み出す「同調圧力」… 組織内における“集団意思決定”という名の落とし穴

一市民が刑事事件の犯人と間違われたとき、「冤罪」が生まれる。あってはならない、究極的な間違いだ。

疑われた人の人生を狂わせる冤罪はなぜ発生してしまうのか。そこに問題意識を持ち、撲滅を見据えて多方面から客観的に分析し、再発防止に役立つよう体系的にまとめた一冊「冤罪 なぜ人は間違えるのか」。

著者の西愛礼弁護士は「人は間違える」ことを受け止めたうえで、努めて冷静に「司法の落とし穴」を解き明かしている。

第3回では組織がもたらす負の影響にフォーカスし、冤罪が生まれる余地を検証する。

※ この記事は西愛礼氏の書籍『冤罪 なぜ人は間違えるのか』(集英社インターナショナル新書)より一部抜粋・再構成しています。

「組織風土」が生む誤り

組織は活動しているうちに、共通のパターン化した思考様式が生まれます。これは「組織文化」や「組織風土」と呼ばれています。

集団が成熟していくにつれ、組織内の動きは洗練されていきますが、ところどころ硬直化やコミュニケーションの平板化、先例主義といったものが促進されてしまいます。もちろん組織の管理職はそのような危険に陥らないように心を配るものですが、組織が大きくなるにつれ、目の届かない死角が生まれ、これらのリスクが顕在化してしまうおそれがあります。

たとえば一緒によく仕事をする部署とはコミュニケーションが促進される一方で、癒着が起きたり、過度に信頼してしまって相手の誤りに気付きにくくなったりします。反対に、あまり協同して仕事をしない部署とは疎遠になってしまい、コミュニケーション不足から誤解が生じてしまうこともあります。

さらに、階層化を図ることにより組織では適切なマネジメントができるようになるとされています。一方で、階層化された組織において、上層部は自己の正当性を過信する傾向が強化され、異論を唱える者を排除しようとする結果に陥ることがあります。

反対に、組織の下部、つまり現場は上層部が誤っていることに気が付いても委縮してしまい、その誤りを指摘できない場合があります。

厚労省元局長冤罪事件が起きた後、全国の検察官全員に対して意識調査が実施されました。そこでは、「普段から立場の上下に関係なく異なる意見をぶつけあい、率直に議論している」という質問に対して77%の検察官が「当てはまる」と回答し、「上司の方針や指示と異なる意見がある場合には、反対意見を述べている」という質問に対しては84・2%の検察官が「当てはまる」と回答しました。

このように上下関係なく議論できる組織風土がある程度認められる一方で、「日々の仕事の中で、検察官としての自己の判断より、組織や上司への忠誠が優勢になったことがある」という質問に対し21・3%と約5人に1人の検察官が「当てはまる」と回答しています。

このような「組織人としての捜査官」といった視点をも欠かすことなく、冤罪対策を構築していく必要があります。

なお、このような組織文化や内部規範は、かりにそれが社会常識から乖離してしまっていたとしても、集団の外からはその逸脱は認識しがたいものですし、内部の構成員はそうした状況に適応済みで、しかも同調圧力が生じていることなどから修正がむずかしいと言われています。

「集団浅慮」のリスク

そもそも、複数人で作業することは、単純な課題では遂行が促進されるものの、困難な課題では遂行が阻害されると言われています。複雑な課題にはたくさんの人員を投入しないと解決できないと思われがちですが、話はそう簡単ではありません。

また、複数人で意思決定(集団意思決定)をするにあたり、集団内での意見の一致を過度に追求して批判的な意見を排除してしまったり、集団の能力を過大視してリスクを甘く見積もったりすることによって、結果的に不合理な意思決定を行なってしまうことを「集団浅慮」(Groupthink グループシンク)と言います。これは、集団の結束を乱すまいとして反対意見を表明することを控えるために、有効な問題解決が妨げられてしまうからだとも言われています。

他にも、集団意思決定では、単独の意思決定よりもリスクが高いものを選択する「リスキーシフト」という現象や、逆に過度に消極的な選択をする「コーシャスシフト」が生じると言われています。要するに、集団意思決定はより極端な結果になってしまうおそれがあるということです(集団極性化)。

さらに、いったん集団意思決定が行なわれると、それが間違いであったという情報がもたらされても従前の決定に拘泥してしまうこともあります。これは認知的不協和などが影響しているものと考えられます。

このように、集団意思決定のプロセスそのものに誤りが生ずる数々のリスクが潜んでいると言えるでしょう。集団体制では、一人で判断するよりも誤りの少ない判断が下されると考えられがちですが、現実はそうとは限らないのです。

社会的手抜きとは

誤りの原因は組織そのものではなく、構成員の心理傾向にもあります。集団で行動する際、自分一人くらい手を抜いても構わないと考えてしまう現象は「社会的手抜き」と呼ばれています。

また、自分の意見や信念を曲げて、他の人間と同じ考えや行動をとってしまう現象は
「同調」と呼ばれています。特に、人間は階層的集団を作って生存してきた生き物であり、権威に強く影響され、上位の人物に服従(同調)する傾向があると言われています。

これらの影響により、構成員が主体的に行動しなくなってパフォーマンスが低下した結果、誤りを生んでしまったり、生まれた誤りを指摘・修正できなくなってしまったりしてしまいます。